「共同参画」2010年 4・5月号

「共同参画」2010年 4・5月号

連載 その1

ワークライフ・マネジメント実践術 総論
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美由喜

筆者はしばしば企業等の人事担当者から、「WLBを推進しようとしたが、現場、特に管理職から猛反発を受けている」「制度は整えたものの、従業員はなかなか利用しない」という愚痴を聞くことが多い。

WLBの3要素

WLBには、大きく3つの要素がある。(1)業務をオープンにして共有する仕組み、(2)たえざる業務改善、(3)「お互いさま思いやり」の精神だ。

今後、増大が予想される介護など、誰かが突発的に休むリスクに対応するには、(1)が不可欠だ。「自分の仕事は、自分にしか出来ない」というエース社員は本人がWLBできないのみならず、職場にとって大きなリスクでもある。

次に、(2)(3)について述べる。北九州市はWLBの個人表彰というユニークな取り組みを実施している。昨年、受賞した4人の子どもを育てているワーキングマザーは、異動をするたびに業務改善を提案してきた。例えば、前任者が20日かかっていた仕事を、10日に短縮するよう提案し、実行してきた。このような業務改善は、当人が早く帰宅できるのみならず、同僚皆が恩恵を受ける。

彼女のモットー「私もハッピー、みんなもハッピー」には、筆者も同感だ。WLBとは「自分さえ早く帰宅できればいい、休みを沢山とれればいい」という独善的なものではなく、「たえず業務の進め方を見直して、少しでも効率的な働き方を実現していく、たえざる取組」であり、重要なのは「お互いさま・思いやり」の精神だ。

「総論賛成各論反対」となりやすい

現場や従業員にとって、「WLBは総論賛成、各論反対」となりやすいのには理由がある。実は、上記3要素それぞれに対して、従業員が反発するからだ。

まず、エース社員は(1)に対して、「自分がいないと職場はまわらない。ノウハウは抱え込んだ方が昇進昇格しやすい」と考える。(2)に対しても、「業務改善には取り組むが、早く業務を終わらせても、さらに仕事が追加されるから困る」と反発する。(3)に対しても「休む同僚をフォローするのは自分なので迷惑だ」と考える。

次に、非エース社員は(1)に対して、「自分の業務が少ないことが明らかになると、リストラされかねない」と考える。(2)に対しても、「業務改善は気が乗らない」とやる気を見せる人の足を引っ張る。(3)に対しては、「同僚が休むのはずるい。自分も休みたい」といった具合だ。

ワークライフ・マネジメントのコツ

第一に、「業務をオープンにして共有する」手法を勘違いして、メールを大勢にccで送るタイプがいる。メールの大洪水を引き起こして、ワーク・ライフ・バランスを崩す元凶となってしまう。では逆に簡潔なメールがいいかというと、そうでもない。例えば、筆者がある職場をお手伝いして生産性が向上し、WLBが改善されたとする。それまで職場の潤滑油だった無駄話が減って、皆が業務に集中すると、ほぼ確実に起きるのは、コミュニケーションの希薄化だ。そういう時に簡潔な「要件のみ」というメールが部下から上司に届くと、コミュニケーションの行き違いで上司が激怒したり、叱られた部下のモチベーションが下がるということもある。WLBを進める際には、メールマナーを含む「人間関係構築力」を高める研修等も重要だ。

第二に、筆者がWLB推進で現場に出向くと、最初は歓迎される。しかし、細かく作業単位で時間を測定し、業務分析等をさせると、「忙しいのにこんなことやらせるなんて」と反発が生じやすい。そんな場合には必ず達成イメージを明示する。以前、某社でワークフロー(業務の流れのフローチャート)を見える化した。企業名は匿名化した上で、WLM前と後の2つの図を他社で見せると、すっきりしたことが一目瞭然だ。達成イメージを明示して、「1年後には確実にここまでたどり着きますから頑張りましょう」と励まさないと現場は動いてくれない。

第三に、筆者は現場で「業務の無駄をなくす」という言葉は絶対に使わない。自分の仕事を無駄だと思っている人はいないため反発を招くからだ。その代わりに、「過剰品質、過剰サービスはやめませんか」と言う。優秀な人ほど上司の意向を慮って期待以上の仕事をしがちだ。そして、そういう部下を可愛がる上司ばかりだと、過剰品質に拍車がかかる。

「やればやるほど成果が上がる」という幻想がある職場では、過剰品質に掛かっている膨大な労務コストを見える化するとともに、潜在的なリスク(人的ミス、過労、メンタルの発生)に気付かせないと、なかなかWLBは進まない。

第四に、人は自分自身が体験していないことに思いやりは、なかなか持てないものだ。頭でわからせるにはロジックとデータが有効だが、皮膚感覚を身につけさせるには疑似体験を積み重ねていくしかない。これには、とても時間がかかり、一朝一夕とはいかない。

要は、「早く帰る、休暇を沢山取得するということがWLBならば、簡単にできる」と誤解されやすい。しかし、ワークライフ・マネジメント(WLM)とはあの手この手で、従業員への気づきを与え、地道な業務改善を積み重ねていくよう現場をきめ細かく側面支援していかないとなかなか進まないのだ。

WLMの3.5ポイント

筆者は、WLMには大きく3.5のポイントがあると考えている。

第一に、経営トップのコミットメントだ。ただし、トップが交代すると、頓挫してしまうリスクもあるため、現場の仕組みにまで落としこむ必要がある。

第二に、「時間・場所の制約」を前提とした業務管理を管理職が身につける。

第三に、他者を受容する従業員の意識変革だ。その際に、重要なのは、傍観者を作らないということだ。当事者支援は不可欠だし、敵対者をきちんと説得することも必要だが、最も重要なのは、自分には関係がないと思う人が一人もいなくなるまで、きちんと浸透させることだ。

第四に、手厚い制度の整備は必要十分ではないという意味で0.5ポイントだ。半年前、筆者自身、子育て、家事に加えて父の介護という3Kに直面し、真っ暗なトンネルを手探りで歩く心境になった。制度は有難いが、自動で点灯し、無機質に照らす街灯のように思えた。

一方で筆者の上司である佐々木常夫社長は、家庭の問題を抱えながら仕事でも成果を上げてきた経験があるため、暖かみのある言葉で励ましてくれた。こうした周囲の配慮は、足もとを照らす「たいまつ」のように思えた。職場の一人一人がWLBをきちんと理解した上で、誰かが困ったら周りが自然に手をさしのべる環境の方が、手厚い制度よりも重要だ。

最近、WLBに取り組む先進企業には、図表のような傾向がある。こうしたトレンドを踏まえて、本連載では、企業等の現場でワークライフ・マネジメントを実践する具体的なノウハウを紹介したい。

■ 最近のWLBのトレンド ■

(1) 子育て期間を乳幼児期のみならず、「結婚前や就学期を含む長期間」として捉える

(2) 女性のみならず、「男性」を主たる対象に設定する

(3) 子育てのみならず、独身者の「自己啓発」や中高年の「介護」をテーマとする

(4) 当事者支援のみならず、傍観者・部外者を巻き込むような「意識啓発」セミナー・ワークショップを実施する

(5) 意識啓発のみならず、具体的な業務スキル向上や「業務の進め方の見直し」を図る

(6) 職場でのワークの見える化のみならず、従業員のライフの見える化を進めて、相互に思いやり意識を持ちやすくしている

(7) 従業員支援のみならず、「従業員の家族」も視野に入れた施策を展開する

(8) 従業員や家族など関係者に対する「内向け」のWLBのほか、「外向け」のWLBすなわち地域社会全体に貢献しようとする

(9) 自社のみならず、同業他社と「連携」したり、地域のNPO等と「協働」する

(10)自社の取組みを社外にもオープンにして広めようとする

株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。
複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府・少子化社会対策推進会議委員、ワーク・ライフ・バランス官民連絡会議委員、「子どもと家族を応援する日本」重点戦略検討会議点検・評価分科会委員を歴任。