「共同参画」2010年 3月号

「共同参画」2010年 3月号

連載 その1

地域戦略としてのワーク・ライフ・バランス 先進自治体(11)
まとめ
渥美 由喜 株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長

WLBで地域社会を活性化

本連載では、地区ブロックごとに代表的な先進自治体を取り上げてきた。紙面の都合で取り上げることができなかったものの、先進自治体は他にも沢山ある。しかも地域特性を活かしたユニークな取組は増加傾向にあるのは興味深い。

本連載の初回の総論で(共同参画2009年4月号掲載)、筆者は「地域戦略として、WLBは極めて有効だ。今後のキーワードは『ネットワーク』、すなわち行政・企業・従業員・NPOなどを有機的に結びつけることが重要だ」と述べた。

先進自治体では、地域のさまざまな主体が連携することにより、行政がさほど大きなコストを負担しなくても、WLBを広め、深めることに成功している。

WLBに取り組むと、必ず地域社会は活性化する。なぜなら、「働きやすく暮らしやすい地域は、子育て世代や準備世代を惹きつける⇒納税者が増え、自治体財政が潤う⇒きめ細やかな施策を展開」という正の連鎖が生まれるからだ。

また、若い世代のみならず、高齢世代を巻き込むことも重要だ。生活時間が長い高齢者がこれまで培ってきたワークのスキルを活かすライフの場があると、生き甲斐や健康状況の改善につながる。

さらに、家庭人、職業人、地域人という「市民の三面性」を兼ね備える人が増えると、住民意識にも大きな変化が生じる。行政に対して権利ばかりを主張する代わりに、自身が何ができるかを考え始めるのだ。住民が「行政と連携して地域社会を良くしていこう」という主体性を持つと、真の意味で『協働』が進む。

特に、これまで職場にエネルギーの大半を注いでいた働き盛りの男性が地域での役割を担うと、男女共同参画が進む。

ネットワークの3つの意義

ネットワークには、3つの意義がある。

第一に、加わる主体が増えるにつれて、ネットワークの網の目は細かくなり、子どもやお年寄りなど社会的弱者を支える『安全網』は強固になる。

第二に、現場のニーズを吸い上げて行政に知らせ、行政からの情報も現場に伝えられる『連絡網』が縦横無尽に張り巡らされることになる。

第三に、地域のサポート力を引き出し、住民・家庭を支える土台=社会基盤が堅固になる。

例えば、ある人が子育てや介護で精神的な余裕がなくなったり、失業や家族との離別・死別で自暴自棄になったとする。こうしたリスクを行政だけ、所属企業だけで支えるには限界がある。

誰かが地域社会から落伍しかけたとしても密なネットワークがあれば、安全網で跳ね返り戻ってくる『トランポリン効果』が生じる。そして、行政との連絡網で、情報が入り、必要となるサービスが提供される。やがて別の人が落伍しかけた時には、自分がしてもらった経験を踏まえて強力なサポーターとなる。

かつての地域社会、企業社会が普通に持っていた「お互いさま・思いやり」の相互作用が無限に広がっていくのだ。

推進の4段階

ネットワークの拠点として、期待されるのはやはり地方自治体だ。地域社会の情報と人脈を持っているし、公益性を加味して加工することに長けているからだ。

では、具体的にどのようにネットワークを構築していくべきなのか。最近、企業戦略でよく掲げられる「ダイバーシティ&インクルージョン」が有効だ。

筆者がコンサルタントとしてお手伝いする際には、4段階あると説明している。すなわち、(1)ビジョンを掲げて、(2)多様な主体が連携し、(3)各主体に当事者意識を持たせて(巻き込み)、(4)お互いを認め、活かし合う、という段階だ。

第一段階として、全都道府県・政令市の5割がWLB推進に向けた『共同宣言』を実施している。例えば、兵庫県では、全国に先駆けて2006年にWLBに関する政労使の三者合意を策定した(現在では国の出先機関を含む四者合意)。同年、埼玉県も県と経済団体が共同で「子育て応援企業宣言」を採択した。いずれもトップが積極的に関与して実現に至っている。

第二段階として、庁内組織の連携、および庁外関係機関、WLBに関心が深い人材との連携がある。WLBを所管する部署は大きく少子化対策担当、男女共同参画担当、雇用・労働担当の3つに大別できる。縦割り行政の弊害に陥らないためには、庁内関係部署による推進組織が有効だ。例えば、福岡市では副市長をトップに置いて関係部署4課による推進組織「い~な ふくおか応援団」を組織している。筆者は応援団アドバイザーを拝命しているが、関係部署の連携がスムーズに進むことで相乗効果が生まれている。

庁外関係機関との連携に関して、埼玉県では次世代育成関連の審議会下のWLB部会(筆者は座長)や広域連携組織の八都県市両立支援推進検討会(同アドバイザー)を備えている。また、神奈川県では県・労働局・政令市間でWLB推進担当者会議を設けている。

WLBに関心が深い人材との連携は、兵庫県の取組が興味深い。全県に推進する拠点として「ひょうご仕事と生活センター」を設置し、専門的知見を持つコンサル、社労士、診断士と連携している。

また、企業担当者、社労士、診断士を集めて、WLBコンサルタント養成講座を開催している自治体も多い。これまで筆者は、石川県、埼玉県、千葉県、三重県などで講師を務めてきた。

第三段階として、WLBに無関心な企業などに当事者意識を持たせて、最初の一歩を踏み出す施策も重要だ。WLBに取り組む企業・団体・一般市民に対する表彰・認証制度(全都道府県・政令市の9割が実施)、あるいは奨励金・助成金(同3割)、融資制度・優遇金利の設定(同4割)、公契約上の配慮(同5割)、WLBに取り組む企業・団体に対するアドバイザー派遣(同5割)等を設ける自治体は少なくない。

第四段階として、各主体がお互いを認め、活かし合うことも重要だ。例えば、三重県には、企業と地域の団体が連携した「みえ次世代育成応援ネットワーク」があり、企業会員数258、NPOなど地域会員数329と活況を呈している。

また、石川県、埼玉県、福岡市、神奈川県(予定)等は、上述養成講座の参加者同士が情報交換をする場を設けている。筆者はコーディネーター、アドバイザーとして手伝ってきた。企業担当者は専門的見地からの助言を得られる一方で、社労士、診断士等は企業担当者の悩み・本音、取組事例の詳細を知り、まだWLBに取り組んでいない他の企業のコンサルティングに活かしている。自治体は、情報交換の場を提供し、サポートするだけで、企業内担当者と専門家がネットワーク内で切磋琢磨していくようになる。

このように地域に潜在的に存在している「ソーシャルキャピタル(社会資本)」が結びつくと、無限の相乗効果が生み出されていく。WLBこそ地域社会を活性化するカンフル剤と筆者は確信している。ご愛読ありがとうございました。

(図表)都道府県・政令市の取組み

渥美 由喜
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&
ワークライフバランス研究部長
渥美 由喜

あつみ・なおき/
東京大学法学部卒業。複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府・少子化社会対策推進会議委員、ワーク・ライフ・バランス官民連絡会議委員、「子どもと家族を応援する日本」重点戦略検討会議点検・評価分科会委員を歴任。