「共同参画」2010年 2月号

「共同参画」2010年 2月号

スペシャル・インタビュー

住民が主体となることでうまれる居心地の良いまち
~町並みの再生を実現する都市計画家~ 西郷真理子

まちづくりは、女性に向いていると思います。

今回は、2010年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤーに選ばれたばかりの都市計画家 西郷真理子さんにお話を伺いました。

-もともと建築に興味がおありだったのでしょうか。

西郷 建築に興味を持って大学に入りましたが、単体の建築だけではなくて、「まち」というものがとても面白く感じるようになったのです。1970年前半のニュータウンがたくさん完成をしてきましたが必ずしも居心地が良いわけではないこと、一方で歴史ある町は、居心地が良く様々な魅力があることに気づき、まちづくり(都市計画)の専門家になるために勉強を始めて、現在に至っています。

都市計画は、国土計画から始まり、都市の全体的な計画がまずありきのものです。住民の人たちが都市計画の決定に関わるというのは当時としてはほとんどなく、決定したことに従うだけでした。住民の人たちの考えをボトムアップで全体のプランに反映させていく手法は、今では、かなりの人たち必要と思っていますが、当時としてはそのような意見は少数派でした。

もともと都市計画というのは公共の福祉を実現するためのもので、都市計画事業というのは基本的には市町村が行います。しかし、商店街の人も自分の商売利益だけでなく、町の利益のことも必ず考えているのです。そこで、住民が自らもリスクを負い、主体的に町づくりに関わってもらうということが必要と考えました。こうした住民が考える共益、公益を事業にしていくことが、新しいタイプの公共事業ではないかと私は思っています。

長浜の町並みは、必ずしもすべてが歴史的文化財のような価値を持つものではありませんが、町の人たちにとっては、生まれ育った町のアイデンティティーであり、価値があるわけです。その町並みの代表である黒壁では、維持が大変で壊されそうになるのですが、町の人達が保存のための署名運動を始めます。ここまではよくある話ですが、そこから先が長浜のすごいところで、市はその黒壁の町並みを市が買い取ってしまうのではなく、町の人たちに町おこしの事業をはじめないかと持ちかけたのです。その建物は、新しい地場産業の拠点となるガラス館として見事成功しました。これはまさに町の人たちが行う公共事業でこれから必要になってくる公共事業だと思います。

歴史的な町には、西欧も日本も道と建物の間にちょっとしたスペースがあって、ベンチが置いてあったりします。そのような道でも建物でもない空間が都市をより魅力的で居心地の良いものにしているのです。効率だけを考えると、そんな場所はなくても良いわけで、それよりお店の面積を拡げて商品をたくさん入れたいという考え方もあります。しかし、なぜ地方都市が衰退してきたかというと、私はそうした効率・合理性だけで都市をつくろうとして、その都市がもつ良い資源を壊してしまったからでと思います。

-合理性の下で切り捨ててしまった昔のまちの良さをもう一度再生させるということですね。

西郷 そのとおりです。建物が残っていなくても再生する手がかりはあります。日本全国、歴史のない都市はほとんどありませんから、町の歴史を考えていくと、必ず何か手がかりが見つかってきます。

-まちづくりにあたって、女性ならではの視点が活かされるということはありますか。

西郷 この仕事はたいへん女性に向いていると思います。というのは、女性はコミュニケーション能力が高い人が多いからです。町には多様な人が住んでいますし、子どもと高齢者の方の声をまちづくりに生かしていくというのはとても重要なことです。欧米では日本より10~15年早く中心市街地の衰退が始まっており、ロサンゼルス郊外のある町の商店街(メインストリート)では、一時は銃を持たねば出歩けないほど衰退したということですが、その後見事に再生します。そういったメインストリート再生プロジェクトの中心となったマネージャーは半分以上が女性であったということです。

 また、女性の場合は、食やファッションなど生活スタイルに、こだわりがありますよね。そうした点も、大量生産・大量消費ではない、新しい町のビジョンをつくるのに役だっているのかもしれません。また、子どもを産んで育てることから得られる発想の豊かさというのも大事な要素だと思います。

-育児など家庭生活との両立という点では、ご自身の経験は?

西郷 近代以前は、家族は1つの生産単位であり、家族で支え合って労働や子育てを行なっていました。これからは、家族だけではなく、地域や数家族で支え合うような仕組みができたら面白いですね。私自身も、娘は家族と地域社会に支えられて育ててもらったという感じです。

 女性が働いていく場合、個人の努力だけでやろうとするのは限界がありますから、地域とのつながりは大事です。例えば、集合住宅にコミュニティレストランのような共同の炊事場などのスペースがあり、住民の人たちがその場所を介していろんなつながりができるというアイディアなんて良いですよね。

-女性リーダーとして、まちづくりの専門家として、これからの社会のあり方をどうお考えですか?

西郷 働いて社会参加することを通じて、多様で重層的な人間関係を構築できるということは、女性にとって大きな強みになります。 また、私はよくピラミッド型とネットワーク型という呼び方をしていますが、まず、ピラミッド型というのは、モノをつくるときにとても合理的な組織のあり方です。男性は仕事を通じてピラミッド型社会に慣れていますが、女性はむしろネットワーク型の人間関係を作るのが得意です。ネットワーク型は、ピラミッド型に比べ効率は悪いし、意思決定の所在が曖昧ですが、組織として潰れにくいという特性があります。ピラミッド型だと、トップを叩くと瓦解してしまいますよね。ネットワーク型の発想をもった女性が社会にでると、今までとは少し違う社会の仕組みができてくるのではないかなと思うのです。ピラミッド組織の中でもネットワーク的な部分を持っていることが、組織の強さになりますから、そういう意味でも是非女性の力は必要です。

日本はまちづくりでもそうですが、1色の色を決めて、すべてのその色で塗ることをよしとしがちですが、これからの社会の発展のためにはそれではいけないと思います。女性の参画促進は、多様でより魅力的な社会を実現するための一歩ですね。

西郷真理子
西郷真理子
株式会社まちづくり
カンパニー・シープネットワーク
代表取締役

さいごう・まりこ/
1975年、明治大学工学部建築学科卒業。1990年、株式会社まちづくりカンパニー・シープネットワークを設立。住民とのパートナーシップを重視したまちづくりのプロジェクトを実施している。川越市蔵造りの町並みの保存と商店街活性化、香川県高松市の丸亀商店街、滋賀県長浜市の商店街活性化などを手がける。2010年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤ-リーダー部門総合1位を受賞。