「共同参画」2010年 1月号

「共同参画」2010年 1月号

スペシャル・インタビュー

私立大学における男女共同参画推進の取組
~より良い教育・研究環境のために、大学は何ができるか~

学問の場では、男女は関係ない。それを信じて努力してほしい。

今回は、2007年10月に男女共同参画を全学的に推進することを「宣言」という形で発表した早稲田大学の白井克彦総長に、大学における男女共同参画についてお話を伺いました。

- 研究者になられたきっかけは。

白井 私自身は、トップエンジニアになることを志して電気工学科に入学しましたが、当時の大学は教員も設備も十分とは言えない時代でした。自分が少しでも役に立つならと思い大学に残りました。

- ご専門分野での女性の数は。

白井 もともとこの分野はたいへん女性が少ないですね。化学や情報系で少しいたくらいでしょうか。その傾向はいまでもまだあります。研究者となるとさらに少ない。私の研究室でも女性が入るようになりましたが、それでも1割にはいかない。

理由のひとつとして考えられるのは、女性の方がライフプラン、キャリアプランを現実的に考えているからかもしれません。研究者を志すとなると、大学院を出て実績を上げてそれなりのポジションを得るまでにかなり時間がかかり、家庭を持つタイミングが難しい。それならば、学部を卒業してすぐ企業などで働いて、早くキャリアを積んで結婚・出産をしたいと考えているのかもしれません。

- 男女共同参画宣言、そして男女共同参画基本計画を策定されましたが。

白井 創立者、大隈重信は女子教育を重視し、1901年に開校した日本女子大学の創立委員長を務めました。本学も1939年には女性を学部正規生として受け入れ、以後、男女の別なく大学教育を行ってきました。

 しかしながら、男女共同参画の実現という観点からみると、まだ多くの課題が山積しており、私立総合大学として全国の先駆的役割を果たすためにも、2007年、創立125周年を期に男女共同参画の全学的推進を宣言したわけです。

 そして、教育・研究活動及び就労の場における男女共同参画の推進に必要な各施策を検討すること等を目的とした男女共同参画推進委員(1)教育・研究・就労の場における男女共同参画を実現するために、教職員・学生等の人的構成の男女格差を是正し、大学運営の意思決定における男女共同参画の実現をめざす、(2)教職員・学生等が、出産・育児・介護と教育・研究・就労を両立させることができるように、効果的で具体的な措置を講じる、(3)男女共同参画社会における学問・研究が、多様な生の共存に貢献するものであることを自覚しつつ、今後とも、新たな社会の創造に向けた知の結集・人材の育成をめざす、の3点を掲げました。

- 大学における男女共同参画について具体的な取組をお聞かせください。

白井 大学に限らず、上位レベルの職位になると女性が少ない。大学においても、現実的には男性支配が根強いです。大学における評価は、研究の実績を見れば一目瞭然であり、そこに男女の区別はないはずですが、女性の立場から見ればそうは思えないということがあるかもしれません。人事委員会が男性ばかりで構成されることも多いですから、価値判断に影響を与えると思われても仕方のない面はあります。

また、特に理工系の場合は、人事面での評価よりもまず、研究者の数自体が絶対的に少ないことが問題です。せっかく学部の女子学生が増えてきても、女性研究者のロールモデルが身近になければ不安になってしまうでしょう。大学からも、将来の可能性が具体的に示せるようにならなければいけません。

本学でも、女性教員比率は、大学全体として数値目標を掲げて実現すべき重要課題であるにもかかわらず、残念ながら現状は微増でしかありません。その理由のひとつとして、やはり女性研究者そのものが少ないということがあげられます。本学が男女共同参画の推進を掲げ、施設・設備や制度の整備・充実を図る地道な取組を始めた理由はここにあります。

具体策としてはまず、ワークライフバランス・サポートセンターを設け、教職員・学生、特にキャリア初期研究者のキャリア形成支援および教職員・学生の研究・就労・就学とライフイベントとの両立支援を目的に、情報提供、相談、交流会などを実施しています。サポートセンターや推進室事務所には、授乳・搾乳室も設置しているんですよ。

また交流会での声から、教員が産休等を取得した際の代替員確保の費用を全学予算から支出する仕組を作りました。若手研究者が安心して産休を取得できる環境整備の一環です。

さらに、今後の取組のひとつとして、若手教員・研究者の情報・人材提供の拠点となるような制度の策定を考えています。また、未来の科学者を養成するためにも、男女を問わず中高生の潜在能力を発掘し、それを伸ばす仕組作りも重要ですね。

- 平成18年度から科学技術振興費のモデル事業に取り組まれました。

白井 モデル事業の成果かはわかりませんが、ありがたいことに女性研究者は増えました。革命的に増えたとまではまだまだ言えませんが。

私としては、社会全体としてまず子育て中の女性に課している労働が重すぎる部分もあるのではないかと思うので、もっとフレキシブルな働き方が提示できればよいのではないかと考えています。そしてそれは大学という場ではさほど難しくはないのではと思うのです。

本来、保育所の整備やワーク・ライフ・バランスというのは、当たり前の話であるのに、現状では不十分なわけですが、通勤時間の問題も大きいのではないでしょうか。私は、職住接近というのが、実はかなり効果的ではないかと考えています。いくら保育所を作っても、通勤に時間がかかるのでは負担はあまり減りません。職場近くに家族寮を増やすのもひとつの方法ですが、都心では難しい。しかし、研究機関などは必ずしも都心になくても良いわけですから、郊外や地方で職住接近の施設を作っていければ、子育て中の家族にとって快適な環境となるのではないでしょうか。制度も大事ですが、インフラももっとシステマティックに整備すべきです。

また、給与は夫婦別々に考えるのが普通ですが、子育ては家族というチームで行うもの。家族単位で収入を考えて子育て期を乗り切る制度があると良いのではないかとも考えます。

- 最後に、研究者をめざす女性に対するメッセージをお願いします。

白井 自分の希望や夢を失わないでほしいと思います。時には我慢も必要かもしれない。でも、学問の場では男女は関係ない。それを信じて努力を継続することが何より大切です。

白井 克彦
白井 克彦
早稲田大学
総長

しらい・かつひこ/
1963年早稲田大学理工学部電気工学科卒。同大学院理工学研究科修士課程、博士課程を経て、73年工学博士を取得。75年教授となる。専門は知能情報学。早稲田大学事務システムセンター所長、教務部長、国際交流センター所長、副総長を歴任し、2002年11月より現職。09年3月より日本私立大学連盟会長を務める。