「共同参画」2010年 1月号

「共同参画」2010年 1月号

連載 その1

地域戦略としてのワーク・ライフ・バランス 先進自治体(9)
島根県
渥美 由喜 株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長

職育近接の環境

WLBを判断する上で、様々な指標がある。今回取り上げる島根県は、通勤時間全国一短く(総務省『H15年住宅・土地統計調査』)、所定外労働時間が少ない(全国3位、厚生労働省『H19年毎月勤労統計調査』)。また、週60時間以上働く労働者の割合も全国で最も低い(厚生労働省『平成19年就業構造基本調査』)。

一方で、所定内労働時間が長く、有給休暇の取得率が低い。中小企業が多い地方の特徴が最も顕著に出ている自治体と言える。以下、長岡塗装店(松江市)を例に、中小企業のWLBを考えてみたい。

3Kから『3恵』へ

2008年、内閣府の「子どもと家族を応援する日本」総理大臣表彰の選定委員の一人だった筆者が印象深く感じたのは、受賞企業4社のうち最も企業規模が小さい長岡塗装店の取組だった。

十数年前、同社は、いわゆる「3K」と揶揄される業種特性もあって、人材の確保・定着はとても深刻な課題だった。一人前の塗装職人になる前に、若年従業員の多くは離職していく状況だった。

こうした課題に直面し、同社の古志野純子常務は、従業員一人ひとりの顔を脳裏に浮かべて、仕事に集中できる環境作りを進めていった。具体的には、 (1)子どもの病気などによる看護のための有給休暇取得(子ども一人あたり5日間、30分単位で可能) (2)本人・配偶者へ出産祝金10万円支給 (3)保育料の1/3を補助 (4)育児のための始業・終業時間の繰上げ、繰下げ (5)育児短時間勤務制度の導入(個別の事情に応じて30分から1時間半まで勤務時間短縮を認める) (6)子育て中の女性、妊婦のための休憩スペースの整備。

また、介護関連では、 (1)家族の介護サービス利用費用の1/3を補助 (2)家族介護のための始業・終業時間の繰上げ、繰下げ制度導入。

さらに、あらゆる年齢・属性の従業員にとって働きやすい環境を模索してきた。

このような取組の結果、長岡塗装店は大きな経営効果をあげている。 (1)若年従業員の定着率は著しく向上 (2)資格を取得する従業員の急増(平均で一つ以上の資格取得) (3)ベテラン従業員から若年従業員への技能継承も円滑に進んだ。

同社の質の高い仕事ぶりは、発注元からも高く評価されており、島根県から施工優良工事表彰を授与され、県の建設業者のランキング制度でも、上位に入っている。従業員22人の企業規模にしては、異例の快挙だ。こうした顧客からの高い評価に加えて、国や県からの表彰、マスコミで取り上げられるなどの宣伝効果もあり、同社は不況の中でも着実に成長を続けている。

古志野常務は、休暇取得や勤務時間短縮は会社にとって三つのメリットがあると話す。

第一に、代行する人に引き継ぐためには、作業の「マニュアル化」が必要だし、お互いを思いやる職場風土が作られる。

第二に、代行する中で業務の無駄を発見でき、効率化につながる。

第三に、代行した人は新しい経験をすることで成長できる。

「3Kから『3恵』(従業員満足度、顧客満足度、企業業績の三面で恵まれる職場)へ」の成功は、地方の中小企業を勇気づけると思う。

渥美 由喜
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&
ワークライフバランス研究部長
渥美 由喜

あつみ・なおき/
東京大学法学部卒業。複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府・少子化社会対策推進会議委員、ワーク・ライフ・バランス官民連絡会議委員、「子どもと家族を応援する日本」重点戦略検討会議点検・評価分科会委員を歴任。