「共同参画」2009年 5月号

「共同参画」2009年 5月号

連載 その1

地域戦略としてのワーク・ライフ・バランス 先進自治体(2) 兵庫県・神戸市
渥美 由喜 株式会社富士通総研主任研究員

災いを転じて福となした兵庫、神戸

一般的に、WLBをめぐって政労使は同床異夢となりやすく、具体的な施策では対立しやすい。しかし、兵庫県では、全国に先駆けて2006年にWLBに関する政労使の三者合意を策定した。

なぜ兵庫県では連携できているのか。契機は、阪神淡路大震災だ。兵庫県は特に、壊滅的な被害を受け、一刻も早く復興するためには、労使が団結して取り組む機運が生まれた。現在、大不況で打撃を受けている地域にとって、災い転じて福となす考え方は参考になるであろう。

また、WLBを推進する行政の役割は、(1)情報提供者、(2)地域のソーシャルキャピタル(社会的資源)を結び付けるコーディネーター、と筆者は考えている。

兵庫県では、行政の担当者がコーディネーターとなり、2つのNPOが連携して、中小企業のWLBを支援している。一つは、P&Gが社会貢献活動として作ったNPO「仕事と子育てカウンセリングセンター」。もう1つは、社会保険労務士や中小企業診断士によるNPO「ビジネスアシストこうべ」だ。

このように、地域のさまざまな主体が連携すれば、さほど大きな財政支出は出さなくても、WLBを広め、深めていくことができる。今後は、全県に推進する拠点として「ひょうご仕事と生活センター(仮称)」を設置する予定だ。

また、神戸市の取組みも興味深い。六甲アイランドは、P&Gやモロゾフ等WLB先進企業が拠点を置き、住民と島内事業所の連携が強い。その一方で、認可保育所は1ケ所しかなく、島内事業所で働く住民も少ない。

そこで、神戸市は、六甲アイランドをモデル地区とし、職育近接と子育て支援体制を整備し、「働きやすく住みやすいまち」を目指している。具体的には、島内事業所100社と住民1000人を対象にアンケート調査を実施し、数社共同による企業内保育所運営、住民と企業の雇用のマッチングといった方策により、人材を集める戦略を描いている。

地域全体に広がる「お互いさま、思いやり」

このように、地域戦略としてWLBに取組むと、住民の意識にも大きな変化が見られるようになる。

近年、医療従事者、特に小児科の勤務医が不足しており、小児科医の就労環境は急速に悪化している。兵庫県の県立柏原病院でも、人事異動と後任医師の不足から小児科閉鎖の危機に陥った。

そこで、立ちあがったのが、兵庫県の市民活動「県立柏原病院小児科を守る会」だ。乳幼児を抱えているお母さんたちが、小児科利用者としての自らの姿勢を省みて、「軽症なのに安易に救急外来を利用するようなコンビニ受診は控えよう」、「お医者さまに感謝の気持ちを伝えよう」といったキャンペーンを展開した。

その結果、夜間の救急患者数は半減するとともに、市民活動に大きな感銘を受けた他県の小児科医が自ら志願して柏原病院に着任したことにより、小児科閉鎖の危機を脱することに成功した。

このように、WLBはかつて日本社会が持っていた「お互いさま、思いやり」の心を取り戻し、社会を活性化するカンフル剤でもあるのだ。

兵庫県の「仕事と生活の調和と子育て支援に関する三者合意」 六甲アイランド 県立柏原病院の小児科を守る会

株式会社富士通総研主任研究員 渥美 由喜
株式会社富士通総研主任研究員
渥美 由喜

あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。(株)富士総合研究所入社。2003年?富士通総研入社。内閣府・少子化社会対策推進会議委員、ワーク・ライフ・バランス官民連絡会議委員、「子どもと家族を応援する日本」重点戦略検討会議点検・評価分科会委員を歴任。