「共同参画」2008年 11月号

「共同参画」2008年 11月号

リレーコラム/男女共同参画のこれまでとこれから 7

暴力の根絶のために 専修大学大学院 法務研究科教授・副院長 岩井 宜子

私は、刑事政策の専門家として、長い間、女性犯罪研究会に所属し、今は代表を務めている。犯罪現象は社会病理の縮図であり、女性の犯罪の研究は、その時代の女性の置かれた社会的地位・条件をさし示してくれる。ここ数年、男女共同参画会議の下に設置された「女性に対する暴力に関する専門調査会」の会長を務めるとともに、「女性科学研究者の環境改善に関する懇談会」(代表:原ひろ子城西国際大学大学院客員教授―女性の日本学術会議会員・連携会員:現・前・元により構成される任意団体)の事務局長をさせられており、両者の趣旨の推進のためにも、女性の地位向上を願っている。

何故、女性に対する暴力のみを問題とするかというと、男性が主要な社会の支配的地位を占める社会の中で、体力においても劣る女性が、男性による暴力被害を受けやすい位置にいるからである。女性は同時に母親として子どもを守らなければならず、劣位な地位の中で必死に生きなければならない。暴力を受けて死亡した児童虐待事例を見ると、DVが背景にある場合が多い。ドメスティック・バイオレンスの典型例であるが、女性も男性の暴力支配に馴らされて行き、それに逆らうことができない。配偶者暴力防止法により保護命令を得てDV被害から逃れても、1人で子どもを育てることは、経済力において女性には困難な状況が追跡調査にも表れている。その後の支援体制も十分整えねばならないと切に感じる。まず、安全を確保しつつ、母子がゆったりと暮らしうる体制作りは特に困難が予想されるが何とか実現しなければならないと思う。

私の長男は重度の知的障害者であり、多くの人々の援助を受けて、私は仕事を続けつつ、共に生きてこられた。今年のパラリンピックの代表選手達の晴れ晴れした顔を見ると、その背後に多くの支える人たちがいることをうれしく思う。障害者が笑顔で生きていけるようなゆとりのある社会であってほしいと願ってやまない。人類はその驚異的な知力によって、ゆとりある社会を実現してきた。弱い者は死ななければならないという動物の社会ではなく、それぞれの個性を発揮して共に生きていくという社会を実現する能力をもっている。長寿社会において、すべての人たちは他人の助けなしには生きられない弱者に転化していくのであり、弱者に優しい社会が、すべての人々の幸せをもたらすという視点で社会構造を考えていかねばならないと考える。

アメリカでは、児童虐待については、1967年までには、各州に通報法が作られ、1974年に連邦法として児童虐待防止保護法が作られるなど連邦政府をあげての取り組みがなされ、ドメスティック・バイオレンスについては、1976年のペンシルヴァニア州を始めとして各州で保護命令制度が法制化されるなどの懸命の法的対応、社会的対策を進展させることによって、それらの被害が1990年代になって、減少に転じたとされる。わが国もできる限りの法的対応・社会的対応策を進展させることによって、暴力被害の根絶が実現されることを願ってやまない。

岩井 宜子
いわい・よしこ/東京大学法学部卒業後、東京大学法学部助手・法務総合研究所研究官補・弁護士・神奈川大学短期大学部助教授・金沢大学法学部教授・専修大学法学部教授を経て現在は、専修大学大学院法務研究科教授・副院長。第18・19期日本学術会議会員、第20期日本学術会議法学委員会ファミリー・バイオレンス分科会委員長。