「共同参画」2008年 11月号

「共同参画」2008年 11月号

特集2

女性に対する暴力のない社会へ向けて ~現場からの発言~

女性に対する暴力について支援の第一線で活動されている方から、最近の傾向や課題などについてお話を伺いました。その概要を紹介します。

カウンセリングの現場から   井上 摩耶子(ウィメンズカウンセリング京都 代表)

フェミニストカウンセリング

フェミニストカウンセリング(以下「FC」)とは、女性クライエント(来談者)の心理的葛藤、自己尊重感の低さや非力感は、その人の個人的欠陥や生育歴によるものではなく、男性中心社会における社会文化的要因にあるという立場に立ったカウンセリングです。カウンセリングを通して、クライエントは、自分の個人的な悩みや困難が現代社会に生きる「女性」に共通する困難であることに気づき、その問題を新しい視点から再定義することにより、エンパワーメント(自律的な力をつけること)されていくのです。

ストーカー被害者の心理

これまで多くの性暴力裁判において、FCの立場から意見書等を作成し、被害者の支援を行ってきました。

裁判支援を通じて実感することは、司法関係者のジェンダーバイアスによって、被害者の置かれた立場や、被害後の被害者心理や行動がなかなか理解されないということです。

例えば、ストーキングの場合、最近は携帯電話に大量のメールが送りつけられるという形態があります。被害者は、携帯メールによるストーキング行為の恐怖に耐えられず、自分から相手に連絡を取り、会う約束をしてしまうことがあります。これは、相手からの直接的な攻撃が「いつ来るか、いつ来るか」と緊張しながら待つよりも、「自分から連絡を取った方が精神的に楽だ」と思うまでに追い詰められてしまうからです。

しかし、自分のほうから出向いてしまうという行為はなかなか理解されにくく、単に「男女関係のもつれ」とか、「純情な男性の恋愛感情をもてあそぶ悪女」と見なされがちです。

私自身も臨床を通して、ストーカー被害者の複雑な心理や行動を知りました。このような被害者心理を司法関係者に理解してもらうには、今後とも、ケース理解の積み重ねやその一般化が必要だと感じています。

シークレット・トラウマ

子どもへの性暴力も、顕在化してきているのではないかと思います。子どもへの性暴力は、「シークレット・トラウマ」とも言われます。子どもが被害にあってもすぐに誰かに打ち明けることができなかったり、たとえ誰かに話すことができたとしても、家族や社会が被害を明らかにしようとせず、不可視なものとして潜在化させてしまうからです。そして、救済システムも不充分なのが現状です。

幼少期に身近な人などから強姦された女性が、10代、20代になって、リストカットや拒食・過食等の様々な問題を抱え、カウンセリングの場に訪れるケースがあります。そして、回復までに長い時間がかかります。本来であれば青春を謳歌すべき、人生で一番大切な時期を、「回復」のために費やさなければならなくなるのは、本当に辛いことだと感じています。

男女共同参画センターにおける女性相談

男女共同参画センターにおけるジェンダーの視点に立った女性相談は、心理的困難を抱える女性にとって、セーフティネットだと言えます。自殺や児童虐待、心身における症状の重症化を防ぐためにも、行政による無料のカウンセリングサービスはとても重要だと思います。

いのうえ・まやこ/同志社大学大学院文学研究科修士課程修了。「障害児」母子通園施設、高等学校での心理カウンセラー、大学講師を経て、1995年9月より「ウィメンズカウンセリング京都」代表。カウンセリング、サポート活動とともに、性暴力被害者、ドメスティックバイオレンス被害者のための法廷で代弁・擁護活動に取り組んでいる。

医療現場から見えてくるもの   小竹 久美子(まつしま病院助産師・看護師長)

女性による女性のための病院

まつしま病院は、「子宮と地球に優しい病院」をモットーとし、女性による女性と子どもの医療サービスの提供を行っています。名誉院長は男性ですが、それ以外の職員は全員が女性です。常勤のカウンセラーもおり、病院として、DV被害者や性暴力被害者への医療対応を行っています。そのための職員研修にも力を入れています。

性暴力被害の状況

性暴力の被害については、警察から医療につながることが多く、被害直後に来院するケースが半数を占めています。また、過去に被害にあい、当院のHPを見て来院する人もいます。その他、児童相談所経由や家族や友達からすすめられて来院する場合もあります。「被害にあった」といって来院する方は、当院では年間30人程度となっています。

被害者は低年齢化しており、8割が10代から20代前半です。加害は、多くが実父・義父、実兄・義兄など、身近な人によるものです。本来は相談する相手であるはずの学校の先生や塾の講師などが加害者となっていることもあります。また、被害者の多くは繰り返しの被害を受けています。

現場から見える10代の「性」

10代の被害者に接する中で、幼さと身体感覚のなさを感じています。精神的に幼いのに身体は成熟しており、性に対して知識がないことに驚かされます。また、コミュニケーションのスキルの乏しさも感じます。

身体感覚がないため、どこがどのように「痛い」のか、説明できない、被害についても、その状況を言葉にして説明できないなど、被害内容を聞き取るのに時間を費やしています。

被害者の経済的負担

警察では、性暴力による初回の診察等について一定額まで費用負担をしてくれます。しかし、性感染症などは1回の検査で済むことは少なく、数か月にわたって数回実施が必要です。また、緊急避妊ピルは、普通2万円前後です。カウンセリングにも費用がかかります。

被害による治療であるのに本人が費用を負担しなければならないのが現状です。当院でも、本人に請求することは心苦しく、非常に苦慮しています。

医療従事者への教育の重要性

医学教育にはDVや性暴力の問題は入っていません。講習も少なく、専門家も非常に限られています。被害者への接し方、検査方法などのガイドラインもありません。警察からは、証拠採取の際の注意事項が示されていますが、提出した証拠が有効だったのかなどのフィードバックはありません。医療機関が行ったことの振り返りができず、質が上がらないことは問題だと考えます。警察と医療が連携するため、「認定医療機関」のような制度があれば、協力体制がとれ、医療従事者への教育もでき、技術の向上も図れると思います。

性暴力は初期の対応がその後の回復を左右します。NPOを立ち上げ、DVや性暴力の被害者に対し、適切な対応・ケアを行うためのSANE(性暴力被害者支援専門看護職)の養成を行っています。専門職として被害者の心身の傷を迅速にケアし、その後の影響を少なくできるのではないかと思っています。

こたけ・くみこ/富山県立総合衛生学院助産学科卒業。大学病院・総合病院の産婦人科病院に助産師として勤務、まつしま病院には平成5年より勤務。NPO法人女性の安全と健康のための支援教育センター運営委員。

女性福祉の砦から見えてくるもの   横田 千代子(婦人保護施設いずみ寮施設長)

婦人保護施設とは

婦人保護施設は、様々な困難を抱えた女性の自立を支援する施設です。全国に48施設あり、売春防止法と配偶者暴力防止法の2つの法律に規定されています。

売春防止法は昭和31年に制定されました。「売春」というと、特別な女性が好きでしていることと捉えられるような、「売春」に対する社会的な偏見は今も昔も根深くあります。しかし、問われるべきは「買春」で、「買春」を容認する社会に問題があると考えます。

婦人保護施設に入所した女性たちとかかわる中で見えてくることは、女性ならでは受ける暴力と貧困の問題です。施設入所の背景は、暴力被害、健康問題、借金問題など様々ですが、女性が地域社会の中で弱い立場に置かれ、生活困難を抱えている点は共通しています。街頭に立ったり、ホームレスで売春をしてきた女性たちと出会いますが、自分を性の商品として売らざるを得ない女性の貧困が背景にあると感じます。

婦人保護施設では、暴力その他により「生活」を奪われてきた女性が、自分の力で生活できるよう、生活力の獲得や「暮らしつくり」を支援しています。

機能の二分化による問題

平成13年に配偶者暴力防止法が成立し、婦人保護施設は、配偶者からの暴力の被害者を保護する機能を持つことになりました。これまで婦人保護施設は、お祭りやバザーなど、地域との交流を密にし、施設利用者が社会とのつながりの中で、自立に向かうことを重視していました。しかし、配偶者からの暴力の被害者については、加害者の追求から被害者を守るため、施設を地域から閉鎖しなければなりません。機能が2つになったことで、支援の難しさを感じることもあります。

背景にある性暴力

東京都の5つの婦人保護施設について調査したところ、入所理由の2割が夫・内夫からの暴力でした。また、入所者の半数が暴力被害を受けていました。親からの暴力など、様々な暴力の被害経験があり、それらの影響で、PTSD(心的外傷後ストレス障害)などの精神疾患を抱える人も少なくありません。

特に深刻なのは、性暴力の問題です。調査では、5人に1人が性暴力を受けていました。幼少期から繰り返し実父から性暴力を受けた被害者を、遠方の専門の医療機関と連携して支援したこともあります。また、知的障害があり、身近な人から性暴力を受け、妊娠し、出産した女性を支援したこともあります。

性暴力は、女性の「生と性」「セクシュアリティ」「身体」と密接にかかわります。回復には、安心できる環境と時間、そして専門的な支援が必要です。「性暴力被害者回復支援センター」のような専門機関が必要だと思い、活動を始めています。

今後の課題

婦人保護施設では、施設利用者の子どもへの支援が十分にできていません。DVによる入所の場合は、子どもを同伴していますが、売春防止法による入所の場合は、子どもは別の施設に分離されます。そして、再統合は大変難しいのが現状です。

施設から見える問題は特殊な問題ではなく、社会全体が抱える問題であると思います。こうした問題に、今後も取り組んでいきたいと考えています。

よこた・ちよこ/昭和59年に婦人保護施設「いずみ寮」に指導員として就職。平成11年より施設長。現在、全国婦人保護施設等連絡協議会会長、東京社会福祉士会理事、性暴力禁止法をつくろうネットワーク発起人代表。

法律の現場から見えてくるもの   小島 妙子(弁護士)

セクハラ裁判の事実認定

セクシュアル・ハラスメント(以下「セクハラ」)をめぐる裁判では、性的行為の有無と性的関係における合意の有無の2点が争点になり、事実認定に独特の困難さを伴います。それは、セクハラの被害者が、被害の最中にほとんど抵抗を示さない、また、被害直後に直ちに周囲の友人や同僚に被害の事実を告げない、さらに、被害後も性的関係を継続する、という行動をとることがあるからです。

この場合、加害者側は、行為が比較的短時間の場合には事実自体を否定する、また、性的関係があった場合には、それは強制ではなく自由意思によるもので、同意があった、と主張するわけです。

従来の判例は、「人は合理的な行動をとるものだ」という経験則に基づき、「被害の直後に訴えなかったのだから、そういう行為がなかったのだろう」「被害の際に抵抗がなかったのなら、合意があったのだろう」といった判断をしてきました。

また、行為の有無については、当事者の人的関係や日頃の言動、性癖から、被害者が加害者に個人的恨みを有していたか、裁判を起こす必要があったかを問題としてきました。

しかし、セクハラは、職場・大学など、支配・従属関係にある当事者間の、閉ざされた逃げ場のない空間において行われる行為です。

したがって、被害者に明確な拒絶がない場合であっても、自由な意思形成が阻害されるような事由がある場合には、正当な合意が存在したとはみなすべきではなく、合意の有無については、自由な意思形成があったか否かが問題とされるべきです。当事者間の関係や場面の中では、抵抗しないのではなく「できない」、また、自分のおかれた立場を考えると直ちに訴えることもできない、性的関係を強要されると継続してしまう、という、一般的に考えれば非合理的と思えるようなセクハラ被害者特有の行動に関する経験則があります。こうした、閉ざされた、逃げ場のない空間での経験則が、裁判でもある程度採用されるようになってきているのではないかと思います。

被害を説明できない被害者の課題

裁判というのは、当事者が公共の場でお互いに主張をし合い、その結果裁判官が出した判決には従おう、というものです。

ところが、セクハラや性被害などにより被害者がPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症すると、事件時の記憶を思い出すことができなくなったり、極端な例では事件の日を年単位で間違えてしまうなど、主張の一貫性や具体性にぶれが生じてしまいます。

この場合、裁判所は、PTSDだから仕方ないですね、とは簡単に言ってくれません。裁判で、事実関係などについて首尾一貫した話ができないと、できない側に不利になってしまいます。

同様に、小さな子どもの場合、どうも様子を見ていると性犯罪にあったように見受けられるが、本人は自分の身に何が起こったのかもわからず、他人に説明することもできない、というケースがあります。こうした、話すことができない被害を「権利化」/「犯罪化」することが一番難しいのではないかと考えています。

こじま・たえこ/東北大学卒業、仙台弁護士会弁護士登録。日本弁護士会・両性の平等に関する委員会副委員長(平成5~7年)、ジェンダー法学会理事(平成15年~)。