男性にとっての男女共同参画コラム 「しなやかな男」のすすめ

男性は「悩みや問題を相談しない傾向にある」と言われますが、それはなぜなのでしょう。男性の相談現場から、見えてくるものがあるようです。男性向けの相談に携わるシニア産業カウンセラーの吉岡俊介氏に、男性の意識について語っていただきました。

「トップ・アスリート、トップ・ミュージシャン、そして絵本が好きな男たちの共通するキーワードは何だと思いますか?」

これは男性を対象にしたセミナーなどで、私が参加者に投げかける質問です。多くの参加者は「絵本が好きな男たち」のところで戸惑います。「アスリートやミュージシャンは『才能』『努力』『練習量』などが共通の言葉だろうけど、絵本については全く想像がつかないなあ…」と考え込んでしまいます。

次に、ある絵本の読み聞かせをします。内容は、小さな虫が大きな生き物に出会い、食べられないように交渉をしながら旅を続けるという物語です。自分よりはるかに巨大な相手に繰り返し遭遇しつつ、その虫の交渉力で難関を切り抜けて進むのですが、あるとき、いじわるな鳥から明らかに無理な難題をつきつけられます。そこで読み聞かせを一旦中断して参加者に問いかけます。「さあ、この絶体絶命の場面で虫クンはどのように対処したと思いますか?皆さんの考えをお聞かせください」

参加者からはいろいろな意見が賑やかに出てきます。ひととおりの意見が出てから、読み聞かせを再開します。そしてそこで描かれている結末を披露します。すると多くの参加者から「ええー、そんなのあり?」「全く考えつかなかった!」という驚きの声が発せられます。虫クンの対処法は「逃げる」だったのです。

ここで参加者の男性たちに、この選択肢について自由に意見を述べてもらいます。なぜ逃げることが思い浮かばなかったのか、問題に直面したら逃げずに立ち向かうべきではないのか、なぜ立ち向かわないといけないのかなど、話し合いは白熱し盛り上がっていきます。そして議論の焦点は、自分たちが身につけている「男らしさの縛り」に当てられていきます。

私が関わっている地方自治体における男性の悩み相談の現場では、恐る恐る、ためらいながら遠慮がちに語り始める相談者が多く見られます。そこには、内心はボロボロなのに誰にも相談せずに耐えてきた姿、心の傷が深いのにその傷を認めようとしない姿など、弱音を吐いてはいけないという「男らしさの鎧」をまとった姿が浮かび上がります。

この相談に関わり、男性たちにとって、自分の悩みを他者に相談することのハードルがいかに高いものであるかを実感します。相談窓口につながっても本題に入るまで暫く時間がかかることも少なくありません。本音に蓋をしてしまい、建て前を優先していると、自分の気持ちを相手にうまく伝えることができなくなる。他者の目を気にしすぎて自信をなくし孤立感を深め、益々意思の疎通ができなくなり辛くなっていく。「男は黙って」という旧来の男らしさの鎧を固く身につけたひとほど自身の感情を自分の言葉で語ることが不得手という傾向があります。また逆に建て前の言葉を流暢に語るだけで、本音をなかなか伝えることができないという場合もあります。

こうした男性たちが身につけた頑なな男らしさの縛りをしなやかに解きほぐすことが、男性相談の大きな役割のひとつだと思います。それは権力指向、パワー依存の男性優位社会を解消し、社会全体のしこりを解きほぐすことにつながっていきます。

最初の質問にもどります。トップ・アスリート、トップ・ミュージシャン、そして絵本が好きな男たちの共通するキーワードは何でしょう?答えは「しなやか」です。

トップ・アスリートたちは筋力をつけるとともに、柔軟でしなやかな身体をつくり上げます。トップ・ミュージシャンはしなやかな演奏技術を身につけます。そして絵本が好きな男たちは、しなやかな発想で展開される物語を楽しむことができます。

しなやかであることが、アスリートやミュージシャンの力を引き出すように、男らしさの縛りを解きほぐし、「しなやかな男」になることは、活力の回復を促し、自分を元気にします。それは柔軟な人間関係を築き、ひいては穏やかで生きやすい社会生活へと結びついていきます。

先の虫クンに関わる男性たちの話し合いの中で次のように述べたひとがいたことをご紹介しておきます。

「実は僕も『逃げる』という発想が思い浮かんだのだけど、この場で言うのは気がひけて言えませんでした。でも別に言ってもいいのだということが分かり、とても楽になりました」

この方も「しなやかな男」の心地良さを実体験したようですね。