コラム19 困りごとの共有から地域とつながるしくみ

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コラム19

困りごとの共有から地域とつながるしくみ


(男の介護教室)

「男の介護教室」の代表を務めるのは,東日本大震災後,被災地の歯科医療を再建し,障がい児・者等の役に立ちたいと石巻市雄勝町へ赴任し歯科診療所に勤務した歯科医師である。

代表は,震災後の診療の過程で地域の沢山の課題に直面した。病院の罹災により治療や介護が必要な状態にもかかわらず自宅にやむなく帰された要介護者たち。自宅で要介護の妻や親を迎える男性は,家事・介護の知識やスキルもなく,途方に暮れるばかりで,事態は深刻だった。そもそも買い物はどこに行けばいいのか分からない。1回の食事の準備から片付けに3時間,1日3食で9時間を費やした男性介護者もいたという。「食に関わる歯科医師として何とかしなければ」そう思った代表が,現在副代表を務めるケアマネージャーと立ち上げたのが「男の介護教室」だった。医師,歯科衛生士,歯科助手,保健師,ケアマネージャーといった多職種の仲間が趣旨に賛同してスタッフとして集まった。男性介護者の実情をもっと知ってほしい,窮地に陥った男性介護者のストレスを少しでも軽減したいという切実な思いが,「男の介護教室」というこの上なくシンプルで分かりやすいネーミングにつながった。

近年,全国的に男性介護者は増加している。全介護者の3割以上になったという統計もある1。しかしながら,男性は固定的な性別役割分担意識にとらわれているのか,自分が介護をしていることを隠そうとする。手抜きをすることもできずに介護のハードルを自分で上げてしまい,困っても助けを周囲に求めない。家事・育児・介護の経験が少なく,介護の知識やスキルも無いまま社会からも孤立してしまい,ストレスをためこんで,介護虐待や介護殺人などと報道される最悪の事態を招いてしまうこともある。

大切なことは,実際には大変なことであるが,男性介護者を地域から孤立させないようにするため教室に参加してくれるようにすることだと代表,副代表は口を揃える。そのために市役所にパンフレットを置いたり,地域の地縁団体や看護師,ケアマネージャーなどの力を借りたりして教室への参加を促した。新聞やTVなどのメディアも使って情報発信に努めた。

「男の介護教室」では,さまざまなことを学ぶことが出来る。座学と実習では,食に関することに重点が置かれているが,その他にも口腔ケア,おむつ交換,床ずれ予防,救急蘇生法などについての学びや臨床宗教師による死についての学びも行われたことがある。調理実習では,包丁の持ち方,ガスコンロの火のつけ方,調味料の使い方やニンジンの皮のむき方といった初歩的・基本的なことから教えている。実習の後,試食をしながらのグループディスカッションが大切だという。日々抱えている悩みを共有し,多職種のスタッフがそれぞれに寄り添ってアドバイスをする時間だからだ。教室では,「男技(おとこぎ)」と書かれた共通のエプロンで連帯感を高めている。教室の参加費は500円で,一回平均の参加者は18名程度である。参加者の内訳は,石巻市河南地区の教室では,妻を介護する夫介護者が三分の一で,親を介護する息子介護者が三分の一。今は介護の必要はないが将来に備えて参加する者,娘に勧められて参加する者もいて,「台所に入るようになった」,「老親の介護を手伝ってくれるようになった」と家族の受けも良いという。

教室は家事や介護の基本知識やスキルを学ぶ場だけではなく,同じ境遇の男性介護者たちが集まって困りごと・悩みごとを共有する「居場所」となっている。すでに介護を終えた参加者も「居場所」である教室を訪れる。ほとんどの男性介護者は,もともと家事の経験値が高い女性介護者達が活発におしゃべりをしている「介護カフェ」のような場には入っていきづらい。あえて参加者は男性のみとしているのもそのための配慮だ。

宮城県石巻市河南地区で始まった「男の介護教室」は,今では県内7か所,県外6か所(青森県弘前市,岩手県宮古市,東京都練馬区,大阪府池田市,福岡県久留米市,熊本県熊本市)にも広がり,開催されてきた。社会福祉協議会が中心になって取り組んでいる教室もあり,男性を地域社会に引き出すきっかけになると着目している。教室が全国に広がっても,やはりそれぞれの開催地域が主体であり,参加者の募集や教室の運営に関することなど現地の協力なくしてはできないと代表は言う。

「男の介護教室&男性介護者と支援者の全国ネットワーク」の東北大会もこれまでに2回開催された。医療関係者,福祉関係者,行政,民生委員,老人会などの地縁組織など多数の参加者が集った。今後,第3回大会も予定されているという。

「男性介護者の実情をもっと知って,もっと考えてもらいたい。思いだけでは運営は困難で,財政上の問題もあるかもしれないが,このような教室開催の取組が全国に広がっていくことが,最終的には,地域包括ケアの末端を支えることにつながるのではないかと思っている」と代表は語った。また,副代表は今後の抱負として,「男の介護教室」がきっかけになって地域コミュニティーの活動が活発になってくれればうれしいと語った。

「男技(おとこぎ)」のエプロンで参加する受講者の写真

1厚生労働省「国民生活基礎調査」(平成28年)