コラム14 ビジネススクールを母体とした女性のリカレント教育~関西学院大学ハッピーキャリアプログラム

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コラム14

ビジネススクールを母体とした女性のリカレント教育~関西学院大学ハッピーキャリアプログラム


(関西学院大学経営戦略研究科)

関西学院大学経営戦略研究科では社会人対象のビジネススクールを開講しており,これを母体に平成20(2008)年から女性のリカレント教育として「ハッピーキャリアプログラム」を実施している。現在,育児休業からの職場復帰や再就職・起業を目指す「女性の仕事復帰・起業コース」と管理職などのリーダーを目指す「女性リーダー育成コース」の2コースがある。

主宰者には,女性のキャリア形成・就業継続についての研究を通じて,職場においてスキル形成やキャリア形成に男女差があることが,表面的には結婚・出産による「円満退職」であっても内実は女性の就業継続へのモチベーション低下による退職であることや,就業継続してもマネジメントスキルが身に付けられない,昇進意欲が低いなどにより管理職に昇進する女性が少ないことにつながっているという問題意識があった。そこで,女性が職場で得られなかった経験をキャッチアップするための機会を大学で提供するべく,まず「女性の仕事復帰・起業コース」を立ち上げた。

「女性の仕事復帰・起業コース」では,6カ月間にキャリアデザイン,ビジネスコミュニケーション,モチベーションとリーダーシップに関する必修科目と,プレゼンテーションや会計・財務諸表,ITなどの選択科目があり,MBAコースの初歩的な内容となっている。各科目では,3分の1で理論的なことを学び,残りの3分の2で実際のビジネスの場面を想定し,ケースメソッドやグループワーク・ディスカッションを取り入れている。

受講者は,育児休業中で職場復帰の準備のために,あるいは,子育てのために離職し就業にブランクのある女性が再就職のために講座に通っている。

授業は平日日中の時間割が多く,小さな子どもがいる受講生のことを考慮し必須科目はできる限り午前の枠に入れているが,仕事への復帰に備え日中の預け先を確保するように指導している。以前は託児サービスもあったが,利用者が少なかったことや,復職の際には子どもの預け先の確保や家族の協力を得ることも重要になるため,事前練習と位置づけて,現在は実施していない。

大学として積極的な就職斡旋は行っていないが,受講生は受講を通じて就職先を探す力も身に付けており,自分で復職している。修了生のネットワークで就職先が紹介される事例もある。「女性の仕事復帰・起業コース」11年間の修了生の復職率は約92%。地域の経済状況は東京ほど良くなく女性を雇うことに前向きではない企業も多い中で高い復職率となっており,大学はプログラムを通じて自分で考え行動する力を育んでいる成果と考えている。

起業をする修了生も2割程度おり,衣食住に関わる起業が多い。衣食住に関する資格や専門知識は大学以外でも身に付けられるが,それをどのように起業に活かすのか,どのようにビジネスとして継続していくのかという点が重要であり,当プログラムではこの点を学ぶことができる。

他方,「女性リーダー育成コース」は平成26(2014)年度から始まった。「仕事復帰・起業コース」を実施する中で,キャリアの展望を描けない,女性の昇進が難しいという問題に対しての取組も必要と考え,新たなコースとして立ち上げた。

「女性リーダー育成コース」では,組織マネジメント,クリティカルシンキング,プレゼンテーションなどの必修科目と,マーケティングやファイナンス,データサイエンスなどの選択科目があり,MBAコースの1年目の内容をコンパクトにしたもので,リーダーとしての意思決定を重視した内容となっている。

企業の中堅層にいて管理職を目指そうとする人,専門分野で働いてきて次のステージを考えている人が受講しており,在職中の人が多いため平日夜間や週末昼間に開講している。管理職養成研修として活用している地元企業・団体もある。

主産した女性と赤ちゃんに寄り添う助産師の写真

超音波シュミレーション装置での演習の写真

「女性の仕事復帰・起業コース」と「女性リーダー育成コース」は連続性のあるコースとして位置づけられ,合同で授業を行うこともある。「女性の仕事復帰・起業コース」の受講生が次の目標としたり,「女性リーダー育成コース」の受講生が自分の部下や若い人の考え方を吸収したりするなど,受講生同士がお互いに刺激を受ける機会にもなっている。

主宰者としては,今後も,当プログラムをさらに充実・発展させていきたいと考えているが,キャリア形成の機会の男女間での不均衡が解消され,こうしたプログラムの必要性がなくなっていくことが最終的な理想の姿であるとしている。