巻頭言
自分の意思で人生を選択する
私はかつて、東京オリンピックで金メダルを獲得しました。目標に向かって努力を重ね、頂点に立てたことはかけがえのない経験です。しかし、その後、私は競技生活を引退し、思い切って「カエルの研究」という、まったく異なる道を歩み始めました。スポーツの世界から理系の研究という進路転換に対して、「もったいない」「なぜそんなことを?」という反応も多くありました。
しかし、私にとってはどちらも同じように真剣に向き合ってきた分野であり、それぞれの時期において自分の意思で選び取った選択肢でした。私のように、スポーツから理系研究へとキャリアを転換する女性は決して多くはありません。理系分野ではいまだに女性比率が低く、「らしくない」「向いていない」といった無意識の偏見が、挑戦の壁となっている場面も少なくありません。
けれども、それは本当に「向いていない」のでしょうか?自分の内なる好奇心や情熱に正直になることが、自分の人生を豊かにするものであると私は信じています。一方で、自分らしい人生を選び、それを実行に移すことは、簡単なようでいて、社会的・心理的な障壁も存在します。だからこそ、まずは私が、誰かが新しい一歩を踏み出すときに、その背中を押せる存在になりたいと考えています。自分の選択を肯定し合える空気のなかでこそ、多様な生き方が実現されていくはずです。
性別や既成概念にとらわれず、自らの意思で人生の進路を選び、それに挑戦できる社会。そのような社会の実現が、これからの時代にはますます重要になるのではないでしょうか。性別にかかわらず、一人ひとりが自由に人生を選択することができる環境こそが、持続可能な社会の原動力になると思います。
スポーツの世界も研究の世界も、まだまだ課題はありますが、少しずつ変わり始めているとも感じています。私自身の経験が、次の世代の誰かにとって、小さなヒントや励ましになることを願いながら、今後も活動を頑張っていきます。
入江 聖奈
Irie Sena
東京オリンピックボクシング女子フェザー級金メダリスト
未来ウーマン応援大使