「共同参画」2016年11月号

「共同参画」2016年11月号

連載 その1

女性の経済的エンパワメント・各国の取組(7) 暴力のない職場と社会
立命館大学法学部 教授 大西 祥世

2016年夏に日本で公開された映画「ニュースの真相」(2015年制作)では、ニュース制作の第一線で輝いている主人公の女性が、仕事での華々しい活躍と表裏に、実は子どものときに受けたDVや虐待のトラウマに悩まされていたことが印象的でした。

女性の経済的エンパワメントを実現するには、女性も男性も、暴力に怯えなくてよい、安心できる環境で働くことが必要不可欠です。たとえば、職場のセクシュアル・ハラスメント(SH)は世界中どの国でも大きな課題で、企業も自主的にこの課題に取り組んでいます。SHの相談窓口の設置、予防のための研修、再発防止のための対応策の実施が標準的です。SHやDVに関する啓発や相談、一時保護の活動をしている地域のNGOを財政的に支援している企業もあります。さらに、各国では、より大きな範囲で課題をとらえて「女性に対する暴力」のない職場づくり、社会づくりという目標をめざして、取組が広がっています。

オーストラリアの銀行は「DV被害支援方針」を策定して、DVの被害を受けた社員の回復を支援しています。社員は治療やカウンセリングのために有給休暇を取得できます。本人が経済的な自立をめざして加害者と離婚するといった法的手続が必要であれば、裁判所での審理に有給休暇を取って出席できます。DVによるダメージを社員の個人的な問題ととらえるのではなく、会社の人材の損失としてとらえ、それを最小限に抑えるために、心身の回復だけではなく、社会的・経済的なエンパワメントを支援することが、同社の特色です。

スペインのある水道事業者は、州政府と協定を結び、性暴力被害者の雇用を進めています。試用期間後、3人のうち2人が本採用されて正社員として継続して働いています。同社の人事部は、当初、センシティブな個人情報を扱うことになるため、どのように対応したらよいか戸惑いました。そこで、社員のプライバシーを扱う社員を最小限にするしくみを整えて、本人も上司も安心して働くことができるようにしました。

また、引っ越しを業務とするアメリカの運送会社は、仕事先でDVや性虐待の疑いがあれば、特別の注意を払うよう、作業員を研修しています。同社は、女性がDVから逃れたい場合は、会社が協定を結んだ地元のシェルターや無料で利用できる法的支援サービスと連携して、安全に引っ越しができるようにサポートします。被害者の女性、子どもや家族は、加害者からの追跡に怯えることなく、安心して自立をめざすことができます。

トルコの携帯電話会社は、政府と協定を結んで、同社製品の携帯電話にワンプッシュでDV被害者ホットラインにつながるボタンを設けるとともに、そのオペレーションを整備しました。企業のサービスを通じた、暴力撤廃のための取組です。また、社員にSHやパワハラの加害予防とともに、DV防止の研修を行う企業もあります。

世界中の125か国にSH防止の法律があり、119か国にDV防止法があります(注1)。女性に対する暴力撤廃を社会のあらゆる場面で取り組むことは、女性の活躍を推進する基盤をつくります。こうした企業と政府が連携すると、暴力のない職場と社会の実現がさらに前に進むと思います。

(注1) United Nations Economic and Social Affairs, The World’s Women 2015, Trends and Statistics, 2015.

執筆者写真
おおにし・さちよ/立命館大学法学部教授。博士(法学)。専門:憲法、ジェンダーと法・政策、議会法。国連「女性のエンパワメント原則」リーダーシップグループメンバーとして活動。主著:『女性と憲法の構造』(信山社、2006年)、「国連・企業・政府の協働による国際人権保障」国際人権27号(2016年)、「『政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない』の保障」立命館法学355号(2015年)等。