内閣府・女性が輝く地域づくり -内閣府男女共同参画局-

地域づくり事例紹介

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女性が輝く地域づくり(地域活性化事例研究事業)座談会

(3)今回の取組を振り返って

名取局長
ありがとうございます。
これで一応自己紹介が終わったのですが、いよいよ今回の取組について、それぞれの感想をお伺いしたいと思っております。私どもはビデオを何度も拝見しておりまして、ご苦労とか、あるいはその達成感が画面から感じられ、見れば見るほど皆さんの思いが伝わってきました。ここでは、実際に画面になかった思い出話とか、苦労話ですとか、そういうものを伺いたいと思います。

(1)滋賀県栗東市「NPO法人びぃめ〜る企画室」の取組を振り返って

名取局長
まずは滋賀県のびぃめ〜るの取組についてですが、小川さん、奥野さん、そしてアドバイザーの細内さんから今回の取組についてグループや地域活動の印象につきましてそれぞれお話いただきたいと思います。まず小川さんの方からお願いします。

小川さん
今回の私どもの取組は、「コミュニティ・カフェ」の場を活用して女性の起業家講座をやって、それをイベントにつなげていこうというものでした。

ところが、ビデオには少しは出ているんですが、大きな波がふたつやってまいりました。一つはビデオにもあるようにイベント当日が雨だったというのも大騒ぎだったのですが、もう一つは実は、昨年の4月末、ちょうど事業が決まった直後に起きました。ビルの運営団体の第3セクター、商工会の方から、スーパーがくることになったから5月末でコミュニティ・カフェをどいてくれと言われました。かなり苦労をしてつくったものが半年で、しかもあと1か月で立ち退いてくれと言われたことに関しては、こちらとしても本当に途方に暮れたという時期がありました。

それで、この事業も何とかしないといけないんですけれども、コミュニティ・カフェという拠点がなくなったら事業の継続は不可能になりますし、最初にかなり初期投資を個人的にもびぃめ〜るからもしております。それで商工会の方とも交渉を重ねまして、2階の方に場所はかなり狭くなるけれども移転する、移転費用に関しては商工会の方で持つという形で最終的には決着しました。このコミュニティ・カフェの移転問題を何とか乗り切れたのがやはり今回の事業ごとに例えば細内さんなりにアドバイスをいただいたり、または栗東市の方なり、県の方なりが支援していただいたお陰で優先的に2階に上がれるということにもなりました。また、この事業を受けていたからこそ、こちらも続けなければという熱い強い思いを持つことができましたので、まさにこの事業のお陰だと感謝しているところです。内閣府の皆さんにもご心配をおかけしました。

ただ、最初にやり始めたときは150坪という空きスペースを使ってやっていたものが、現在は坪当たり単価幾らという状況でやっていますので、今のカフェスペースは15坪ということで10分の1のスペースになりまして、それをどうやって、ただのカフェではなくコミュニティという面を出していくのかというのが一番大きな課題となっております。

今回の事業で一番大きな財産になったのが、さっきからも出ていましたネットワークとかつながりという部分だと思っていまして、一つは細内さんのような全国的にいろいろ活躍されている方といろいろなお話をさせていただいたことで視野がぱっと広がり、大きな視野でものごとを見ることができるようになりました。また内閣府の方とかお話をさせていただいたり、一緒に汗を流したことでこちらも親近感を持ちましたし、視野も広がったということが一つあります。

もう一つは、市とのつながりです。実は、びぃめ〜るは今まで県下全域での活動で県とのつながりはありましたが、法人登記の場所である栗東市とはほとんどつながりがなかった状態だったんです。今回の事業で担当の奥野さんや大勢の市の方々と、市の方では若干迷惑だったこともあるかもしれませんが、それこそ一緒に汗を流して一緒にやることで、市とも強いきずなができてきたかなという思いを持っています。

また、地元住民の方たちとも、私たちは外からぽっと入ってきて好きなことをやっているというような位置付けだったのですが、今回の事業をやることで地元の認知度も上がったし、とにかくいろいろなネットワークづくりができたことが、すごく大きな意味のある事業であったと振り返っているところです。

名取局長
どうもありがとうございます。それでは、奥野さんお願いします。

奥野さん
小川さんからほとんど言っていただいたんですけれども、私自身何もわからないままこの事業にかかわってきた感じだったんですが、その中で先ほどもありましたけれども、コミュニティというと地域行事などの、地域や自治会でのコミュニティづくり、まちづくりが主に年配の男性中心、また男女共に年齢層は高いという認識がこれまではありました。今回は、コミュニティ・ビジネスとか、女性の起業とか、今回の自宅ショップ開業セミナーですね、自宅ショップをやりたいという、若いそれこそ小さなお子さんを連れたお母さん方が来られたりとか、小さいことでもできることから夢の実現に向けて一歩一歩進もうとする姿勢を見せていただきました。今後、この動きを行政としてどう支援していったらいいんだろうかということを私ども考えていかないといけないのではと思いました。

名取局長
ありがとうございます。細内さんお願いします。

細内さん
今回、小川さんを始めびぃめ〜るのみんなさんをどうサポートしていったらいいのか。最初のお話をいただいたときの私の問題点といいますか、一つの仮説を持つ必要があるなと思いました。一つはコミュニティとは何かということで、ここ20年くらいずっとコミュニティとは地域だと思っていたんですけれども、改めて問い直すということと、こちらは内閣府男女共同参画局ですから男女の共同参画というのはどういうことか。それがやはり問題意識にありました。

今回の取組を通じて、一つ結論に行き着いたのですが、コミュニティとか男女共同参画というのを私なりに解釈したら、みんなが主役になれるということです。『みんなが主役のコミュニティ・ビジネス』は実は今年の2月末に出版したんですけれども、コミュニティなり、男女共同参画をもっと、小学生にもわかる言葉で言うとみんなが主役だよ、みんなが参加できるよと、こういう言葉で表現すればいいんじゃないかというのが、小川さんたちのびぃめ〜るさんと付き合って出た一つの結論であります。「みんなが主役になれる」それをこの本のタイトルに使ってしまったというのが正直なところです。

それで、サポート活動を振り返って私は3点ほど考えました。一つは、女性による自宅ショップまたはコミュニティショップというのは非常に等身大で起業をするということで大変よいアイデアではなかったか。それは等身大、身の丈に合ったところから始められる。しかも、自宅ですから無理をできないというのが一つあると思います。それと、何と言っても家族の協力がないと自宅は改造できないということです。ですから、家族の協力というものがやはり今回のポイントの一つかなと。ビデオの中でも、確かに中川さんの家族の応援というのは非常に印象的だったわけです。

それから、地域とかコミュニティのネットワークをいかにうまく活用していくかというのがやはりポイントになるかなと。小川さんたちがねらっている中間支援機関という、行政とも違い、または企業とも違うものでしょう。市民が市民によってサポートするときに行政とか企業の助けを利用して仲介している。そういう役割というのは今までの日本の場合、行政が一手にやっていたんですけれども、民間の小川さんたちのようなグループが意識をしてそういう中間支援機関の役割を担っているというのは非常にいいことではないかと感じました。

ですから、そこら辺も引っくるめてサポートに行きました。またどちらかというと今回小川さんたちのケースというのは都市型のコミュニティ・ビジネスです。そういう中で、テーマ同士でどう結び付けていくか。または、テーマが違った人たちがどう結び付いていくか。この辺が重要ではないかと思いました。

最後に一言、この本の『みんなが主役のコミュニティ・ビジネス』の中にコラムを書いているんですけれども、現代の近江商人という「三方よし(客よし、店よし、世間よし)」のコラムを掲げていまして、実は小川さんたちのところを訪問した後に近江八幡の街を歩いたりした感想を書いているんです。要するに三方よしというのはどういうことかというのが、やはりコミュニティとか地域が元気になるヒントで、そこに商人、今ですと企業をどう巻き込んでいくか。そういうヒントが隠されているのではないかと思いました。そうした自分なりの命題解釈を考えたわけであります。

(2)京都府舞鶴市「NPO法人舞鶴市女性センターネットワークの会」の取組を振り返って

名取局長
どうもありがとうございます。それでは、続きまして京都府舞鶴市の取組について、舞鶴市女性センターネットワークの会の取組につきまして伊庭さん、長Mさん、織田さんの順でよろしくご発言いただければと思います。

では、まず伊庭さんからお願いします。

伊庭さん
実は、当初から今もずっともやもやしたものがありまして、あれなんですけれども、うちの会は元から皆の力を生かしてまちを変えたいというすごく強い思いがありまして、このビデオのお話があったときも、こういうことはそれぞれのネットワークを組んでやっているんですけれども、それぞれの団体とか個人とかの意識というか、能力にすごく温度差がありまして、それを一緒にまとめていくというのはものすごく大きな課題で、これからも重要な課題だと思っています。

このビデオの事業を通じて、そういうことでまた更に意識が一つになる効果が私はひょっとしてあるのかと思って、できたらそういうふうなビデオの仕上がりになったらうれしいなという気持ちがあったんです。ですから、制作会社の方にも、とにかく皆を撮ってと。個人的にこの人だけ集中は困りますということはずっと言ってきたんです。

でも、そのビデオを撮っているときにどうしてもだれかに集中してカメラが向くような気がしたんです。ですから、それは何度も何度も制作会社さんにお願いしましたし、京都府とかにも言って言ってお願いしたんですが、結局この間ビデオを見ていたら、こんなの困るわというような……。

それで、伊庭が考えていることは、これはただの記録映画、記録映画なんか撮っても啓発にはならないと言われたんです。確かにそれはそのとおりだとわかっています。でも、皆の力を合わせてということだったらやはり皆の活動を撮ってもらって、それをまとめてこうなったということにならないと、私としては正直な話、大丈夫かなという気持ちはしたんです。とても難しいところです。

らの委託事業などを実施したりしながら、お互いに交流しながら力を付けて、近い将来指定管理者となって舞鶴市の女性センターの運営に力を入れたいと考えております。

名取局長
どの辺が心配な点ですか。

伊庭さん
ごく数人の人が特にたくさん出てくるとか、そういうことがあって、実は苦労話ということですけれども、最後の方になりまして、これはどうもやはりストーリーが必要だと言われまして、確かにそれは見ている人にしたらただの記録映画ではだめだろうというのは私にもわかりました。それで、数人の人に焦点を当てられるのは仕方ないかなとも思いました。でも、やはり26団体、17個人の会ですから、せめてその26の会の代表の人と17の個人の人がそこのビデオに何か反映したいと思いまして、実は四十何人の集合写真をつくったわけです。

何とかうちのビデオのバックにその四十何人の顔を出してほしいと思って、四十何人は皆忙しくしていまして急なことで集まれないんです。これまで私たちが独自で撮っていたビデオがありまして、その中から私がずっと見ていまして、この人、この人、この正面とかと言って顔を四角く取りまして、そのビデオの中から動いているところの一瞬を切って取って、それを幾つか集めて、どうしても写真が撮れていないとか、後ろ向きの人とかにお願いして、お願い、この日に来てとか言ってわざわざ撮ってこういう一つの紙をつくったんですが、もう画面が悪くて使い物にならないと言われまして、結局だめだったんです。すごくそれが残念で……。

そんな中で間に立って、京都府さんはすごく大変だったと思うんです。私たちは希望を言うし、こちらからはそんなことはできないと言われるし、これまで私たちは舞鶴市とはつながりが深かったんですが、京都府というのはすごく遠い存在だったんです。この事業を通じて京都府というものがものすごく身近に感じられて、そういう府の大切さというのか、役割というものを初めて学ばせていただいて、とてもいい勉強になったなと思っております。ありがとうございました。

名取局長
ありがとうございました。それでは、長Mさんお願いします。

長Mさん
京都府から見るとビデオはすごく元気がもらえるすばらしいものになっているなと思っていまして、伊庭さんには懇々と今日来る間にもそう言い続けてきましたけれども、意見の相違のままで……。

私はちょっとさっきいろいろ取組を紹介しましたけれども、もともと地域婦人会がありまして、その女性たちが地域で活動していますけれども、全体にすごく高齢化していますので、何とか若い女性たちにこういうことに関心を持っていただきたいということがすごくあって、それを行政主導でやるとなかなかそういう方たちに届かないという難しさがすごくありました。

けれども、今回伊庭さんとその取組をつぶさに見せていただく中で、すごく若い人たちを取り込むのが上手というか、すごく皆さんが生き生きと主体的に取り組めるような仕掛けをされていてすごく感心して見させていただきました。そういう意味で子育て真っ最中方とか、夫の協力が得られないと思っていたら、当日協力してもらえたというようなほほえましいエピソードも含めて、手作りの取組をビデオにしていただき、大変良かったと思っております。

それと、「まいてフェスタ」ですが、あのようなフェスティバルはほかの地域では、行政主導でやっているところが多いです。それに比べて伊庭さんのところが自分たちの力だけでやっていますのに、私も現地に行きましたけれども、本当に商工会の協力もあり、行政の協力もあり、「まいてフェスタ」の日は、どこからこれだけの人が来るんだろうというほど大勢の人たちが足を運んでくれました。

当日は、こんなことで準備が間に合うのかなというくらいの感じだったのが、ぱぱっと用意ができて、そこの人たちが何か当然のようにやらされているのではなくて自分たちが生き生きとやっていらっしゃる姿に、いいね、いいねと3人、当日、京都から見に行っていたんですけれども、3人とも絶賛して帰って参りました。

そういう意味では、これが全国モデルということで発信されることはすごく京都府としてはうれしいし、自信を持ってモデルとして走ったらいいと伊庭さんにはさんざん言っているんですけれども、私は余り説得力がないので、是非その辺のご説明をお願いします。

名取局長
ありがとうございました。では、織田さんお願いします。

織田さん
私も、直前まで一生懸命伊庭さんを説得していたんです。メディアというか、表現というのは可能性もある代わり限界もそれぞれあるんだからと言って説得していたのですが・・・・・・。だから、本当に表現するんだったら伊庭さんは本を書きなさいと、提案していたところなのです。

それで、舞鶴は東は古くは軍港というか、港町ですし、西側は城下町としての歴史をもっているのですが、どうしても男どもの争い事の権化だったようなまちです。だから、舞鶴は男のイメージが強く、そこに今度はこういうテーマで伺ったら、女性ばかりでびっくりしました。こんなに頑張っている女性が多いことを知り、今回は改めて舞鶴に感動しました。

普通まちづくりの応援というと、まちづくりは10年くらい最低かかりますが、集中的に変えようとすると1年間に40〜50回は現場に行かないと、やはり人間関係とか信頼関係は築けませんし、本当に深い議論をするというのはできないので、これを10箇月程度でやり上げるというプログラムだったので、意外と私は悩みました。

今回は、別の機会に、幸い京都府の政策研究の委員会の会議前後に伊庭さんといろいろ話をし、伊庭さんを通じてかなり見えてきたかなという部分もあります。それで、伊庭さんがおっしゃったように、あるいは細内さんがおっしゃるように私も「いつも皆が主役だ」と思ってやってきているのですが、そんなふうにやっていくのは結構現場では難しいのですね。

それは、ネットワークというのは非常に広がって柔らかくて水平でいい反面、なかなかまとめにくい。つまり、横の水平の文化なのだけれども、やはり縦の文化というか誰かがちょっと抜きん出て世話役をしないといけない。誰かが代表しないといけない。この葛藤はやはりあるのです。それで、そこのネットワークが水平で皆が主役というところの場面で仕切るリーダーは苦悩するのです。外から見たときにはネットワークというのは見えにくいというか、わかりにくい。たくさんのいろいろな人がいるね。でも、ぱっと見たけれども、何も残らない。ビデオもそうなのです。だから、皆の顔を等しく載せてしまうとメッセージが伝わらない。だから、やはり伊庭さんとか、この間急激に変化したドラマチックな場面というのはどうしても求められた訳です。

伊庭さん
そう言われる気持ちもわかるんです。

織田さん
それともう一つ言いたいのですが、ネットワークについてですが、舞鶴市内のネットワークもいいんだけれども、もっと外へオープンに出かけていったらというようなお誘いでちょっと視察をしてすごく皆、喜んでくれたので、それに味をしめてどんどん全国制覇で全国にネットワークを広げていただければ、もっとバージョンは上がるのではないかなと思いますので、幅広い取組みをしてもらえればと思っています。

(3)熊本県宇城市「風の会」の取組を振り返って

名取局長
ありがとうございます。続きまして、熊本県・風の会の取組につきまして冨士田さん、緒方さん、山崎さんからよろしくお願いいたします。

まず冨士田さんからお願いします。

冨士田さん
私達がこの事業を受けた時は本当に人数が少なくて、どうなるのだろうという思いはありましたけれど、時期的に宇城市が誕生した時でしたから、このビデオが全国に配信されるということに引かれました。それは、宇城市の知名度が全国に広がるのではないかという思いが一番でした。

平成13年に塩屋を立ちあげましたが、商店街の方ともあまりうまくいっていなかったし、また、女性ばかりで立ち上げたものですから、男性から非常に非難を受けました。私達も、もう少し何か協力ができないかという思いを強く持ちながら活動してきました。

それで、町当局にも立ち上げの際から何度も交渉に行きましたが、町当局も何もしてもらえなかったのです。その後宇城市になり、行政が動いてくれる。変わったなというのが第一印象です。それから、緒方さん山崎さんに商店街の中に入っていただいて、商工会の方を一時間以上かけて口説かれ、ようやく商工会の方も「そうなのかな」というくらいの考えにはなっていただいた訳です。それからはお二人には本当に努力していただいて、市の係の方にも一生懸命取り持っていただいたりしました。私たちは行政との関係が今まで全くありませんでしたので、行政との関わり方がわからないわけです。そういうところを、本当に親身になってご指導いただいたお陰でこの事業ができたと思っております。

小川町には何にもありませんでした。薩摩街道があった非常に歴史ある町ではありますが、そこに何にも残っていないということです。だから、私たちが一番目標にしていましたのが、是非とも町の案内人を育てたい、歴史のマップをつくりたいという二点でした。

そこで、皆で小川町史等も見ながらいろいろ話し合い、原案をつくったわけですが、そうしていくうちに市の方から協力員を募集していただいて、70〜80人くらいの人が一応は集まりました。

しかし、それだけ集まったからといって、手伝っていただける方や本当の意味で一緒に活動しようとしてくれる方はそのうちの何分の1なんです。だから、そういう熱心な方々を逃さないようにとお二人のお力で結びつけていただいて、ようやくここまで持ってきたような段階です。

本当に私たちは、行政の力というものを感謝してもしきれないくらい感謝しています。行政の力なくしては絶対にこのようなまちづくりはできませんでした。もちろん自分たちでしなければなりませんが、それには行政の力でもう少し後押ししてくれたら自分達も力強く踏み出せるなという思いが一番強くあります。

名取局長
ありがとうございます。では、緒方さんお願いします。

緒方さん
まず最初に、内閣府が、全国で3箇所の中に熊本を選んでいただいたことに感謝しています。熊本のアクセスを考えると、山崎さんがおっしゃったように熊本は遠い所のようですね。でも、内閣府の広報誌で昨年、名取局長や山崎さん達と対談をした時に、この人しかないと思いました。山崎さんを助っ人として選んだことは間違いではありませんでした。商店街の人たちに山崎さんが言ってくれた「大型店舗は自分たちの都合ですぐ無くなってしまうよ。」と。その時、商店街の中堅どころの人たちが愕然としました。

私も町の人々も、この小川の町並みは大型店舗のために疲弊したと思っていたのですが、熊本大学の調査によるとその前から疲弊していたことがわかりました。この原因は、暮らしている人々が町の誇りを見失っていたことでした。そのことをズバリ山崎さんは指摘したのです。

それで、商店街の人達も燃えました。また、冨士田さん達の志の高さが最大の要因でありました。私も彼女たちの志の高さに動かされたし、内閣府を口説いていく原動力にもなったわけです。事業が始まりましても、町のみんなの心を一つにしていくことは、ものすごく大変だったわけですが、現在は、小学生も商店の広告誌を書いてくれ、地元新聞にも取り挙げられるほど評価の高いものでした。そんなことのひとつ一つがみんなの心を動かしていったのです。特に冨士田さん達のもうけも何も考えない一途さが、自分たちの町をもっと楽しく豊かな心を持てる町にしたいという切なる願いとして、人々を動かしたのではないかと感じました。

それから、私は前に申しましたように本当に行政を頼らない人がいたんだと言うのが驚きでした。

名取局長
ありがとうございます。山崎さん、いかがでしょうか。

山崎さん
すごく遠かったんですけれども、熊本行きを決めた背景には、父が熊本出身なんです。父の故郷ではあるんですが、私の心の故郷みたいなところが熊本なんです。だから、何ができるかわからないけれども、とにかく、風の会の皆さんを応援させていただこうと思いました。

長浜の場合、黒壁の保存で動いた方々は企業人でした。当初、8人が身銭を切られたのですが、小川の場合は普通の主婦さんたちが動かれた。かつての商家を保存して、そこから文化の風を吹かせたいというひたむきさに感動しました。塩屋を修復するのに約2年かかっているのですが、大工さんや左官屋さんらと一緒に汗を流し、さらにひとり何百万円ものお金を出された。足りない分は町内や町出身の方々にもお願いに歩かれた。修復の過程をビデオで見せてもらったのですが、半端じゃないくらい大変だったと思います。この思いを無駄にしてはいけないと思いました。何ができるかわかりませんでしたけれども、応援をさせてもらいました。

熊本へは全部で4回行きました。道中は長いけれどもその割に滞在時間が短くて、じっくり話し合う時間が持てないまま男女参画事業が出発してしまったのが残念です。いつも「こんにちは!」って行くと、富士田さんたちは台所でせっせと食事をつくっていました。今回は撮影のスタッフがいつもいたし、周りにたくさんの人がいて、まかないにてんやわんや。歯がゆく思いながらも、そこが彼女たちのいいところなんだと感じていました。富士田さんら6人の女性たちの思いが地域の方々に通じて、集まりをするといろんな方が増えてきました。ついにマップが完成し、観光ボランティアガイドさんが誕生しました。行く度に少しずつだけど町が動いていることを実感させていただきました。塩屋を保存していなければ絶対ありえないことです。きっと何もないままだよね?(緒方さんや、富士田さんを見て)。熊本県は女性の知事さんです。今回は特にくまもと県民・交流館の緒方さんにお世話になりました。緒方さんは、商店街マップをつくるとき、お店を一軒一軒歩いて取材をしてくださいました。いざというとき、いつも側にいてくださったので心強かったですね。小川町は合併して宇城市になったのですが、旧小川町、宇城市、それから商工会青年部、商店街、学校の先生、子どもたち、各種ボランティアグループの方々、どんどん人の輪が広がっていきました。本当にいい経験をさせてもらいました。関係者の皆さんも、よく頑張りました。

小川町のこれからですが、少なくとも3年くらい末長く見守っていただきたいと思います。どうもありがとうございました。

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