「共同参画」2018年3・4月号

連載

女性活躍の視点からみた企業のあり方(11) 多様性が尊重される社会へ
三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株) 共生社会室室長主席研究員 矢島 洋子

『anone』というドラマに左利きの男の子が登場します。彼は、左手でそれは見事な猫の絵を描きますが、左手は「使ったらダメな方の手」だと言い、描くところを見せようとしません。なんとなく「みんながダメだという」ので、なんでも右手でする努力をしていて、特に困ってはいないと話し、右手で描く猫の絵もそれなりに上手なのです。彼は、「左利きならでは」の絵を描く訳ではありません。一番能力を発揮できる状態で描いた絵が素晴らしいのです。そして、彼が多数派の右利きに合わせ、左手を封じていることは、彼の不利益なだけでなく、その絵を見ることのできない私たちの不利益でもあります。左利きは、なぜ矯正されてきたのでしょう。子どもの世界では、マイノリティであることでからかわれる、という問題もあるでしょう。大人の世界の論理でいえば、文房具や様々な生活環境において、マジョリティに合わせた仕様に揃える方が効率がよい、ということになります。

企業においても、多様な人材を受け入れる、という時に、環境整備やワークルールにおいて、これまでの一律のあり方から変えていくコストがかかります。しかし、そのことによって、個々の社員が一番自分の能力を発揮できる状態で働けるということが、企業や社会に豊かさをもたらすのです。女性でいうなら、女性らしい視点や女性ならではの感性で仕事をすることを求められるのではなく、従来の男性中心で組み立てられていたワークルールや風土に無理に合わせずに済むことで、一番その人なりの能力発揮ができることに意味があります。

私の好きな、創業期の当社幹部社員の考え方があります。「結局、人は好きなことでしか本当にはがんばれない」というものです。だから、個々の社員が好きなことで自律的にキャリア形成できる自由な社風、社員に裁量を認める制度を作ろう、という話につながります。企業が求めるのは、社員が好きに働くことではありません。求めるのは、社員が能力を発揮し、仕事を通じて成長し、さらに組織に貢献してくれることです。そのために、組織はどうあるべきなのか。

女性活躍にしても、働き方改革にしても、政府や世間の風潮に合わせて形式的に取組めばよい、短期的に管理職比率や労働時間などの数値が改善すればよい、と考えている経営者は、ダイバーシティがもたらす本当の価値に気付いていないのかもしれません。それなりに上手い猫の絵と、素晴らしい猫の絵の違いがわからないといっても良いかもしれません。

多様な人を受け入れ、それぞれに能力発揮ができる環境を作るために、既存の組織のあり方をどう変えるべきかを本気で考えている経営者は、まだ多くはないようです。そして、そういう人は、もしかしたら、家で専業主婦として、素晴らしい仕事ぶりを発揮している妻の活躍にも気づいていないのかもしれません。女性活躍は、企業で働く女性たちのためだけのものではありません。女性たちの間でも、就業している・していない、子どもがいる・いないで軋轢が生じるのは、どちらの選択をしても「生きづらさ」を感じずに済む社会になっていないからでしょう。企業におけるダイバーシティ推進は、多様な生き方が尊重される社会づくりへとつながっていくことが期待されます。

執筆者写真
やじま・ようこ/三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社共生社会室室長 主席研究員。中央大学大学院戦略経営研究科客員教授。1989年 (株)三和総合研究所(現MURC)入社。2004年~2007年 内閣府男女共同参画局男女共同参画分析官。男女共同参画、少子高齢化対策の視点から、ワーク・ライフ・バランスやダイバーシティ関連の調査研究・コンサルティングに取り組んでいる。著作に、『ダイバーシティ経営と人材活用』東京大学出版会(共著)等。
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