「共同参画」2016年6月号

「共同参画」2016年6月号

特集1

「配偶者等に対する暴力の加害者更生に係る実態調査研究事業」報告書について
男女共同参画局推進課暴力対策推進室

内閣府では、地域社会内における加害者プログラムに関する現在の課題や今後の在り方等を考察するため、平成27年度に「配偶者等に対する暴力の加害者更生に係る実態調査研究事業」を実施し、その成果をまとめた報告書を公表しました。

内閣府では、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律」(平成13年4月13日法律第31号。以下「配偶者暴力防止法」という。)の規定等に基づき、平成14年度から配偶者からの暴力の加害者更生に関する調査研究を実施し、平成16年度に「配偶者からの暴力に関する加害者プログラムの満たすべき基準及び実施に際しての留意事項」を、平成18年度に「配偶者からの暴力の加害者更生に関する検討委員会報告書」を取りまとめました。

その後、日本における加害者プログラムに関する取組は、被害者支援の一環として加害者プログラムを実施している海外の取組等を参考にして加害者プログラムを行う民間団体によって、積み重ねられてきました。

こうした社会内における加害者対応の動向を踏まえ、平成27年度に、地域社会内における加害者プログラムに関する現在の課題や今後の在り方等について考察することを目的とする、「配偶者等に対する暴力の加害者更生に係る実態調査研究事業」を実施しました。

本研究事業においては、地方公共団体(都道府県及び政令指定都市)へのアンケート調査及び民間団体(加害者プログラム実施団体4団体及び被害者支援団体3団体)へのヒアリング調査を実施し、有識者6名で構成される検討委員会において、調査結果等を踏まえた考察を行い、その内容を報告書にまとめました。本報告書の主な内容は、以下のとおりです。

1 地方公共団体における取組に関するアンケート結果

加害者更生に関する取組(調査研究、加害者プログラム、相談・研修等を含む。)の実施の有無について聞いたところ、「加害者更生に関する取組を実施している(又は、実施していた)」自治体は14.9%(n=10)であった。(図1)

図1 加害者更生に関する取組の実施の有無


また、加害者更生に関する事業(調査研究、加害者プログラム)を実施していない(又は、実施する予定がない)理由(複数回答)を聞いたところ、「加害者更生に関する情報が少なく、どのような取組を行ってよいか不明なため」が82.0%(n=50)で最も多く、次いで「管内に加害者更生に関する専門家・民間団体がないため」(42.6%)(n=26)、「庁内において加害者更生事業に係る人員や財源を確保することが困難なため」(42.6%)(n=26)であった。(図2)

図2 加害者更生に関する事業を実施していない理由(複数回答)

2 加害者プログラムの実施状況等に関する民間団体に対するヒアリング

1 加害者プログラム実施団体

本調査において、ヒアリング団体からは、加害者プログラムは、加害者と同居している被害者の安全・安心の確保や、面会交流の実施に係る母子の危険や不安の軽減等を図る効果が期待できるとの意見が出された。

一方、加害者プログラムに対する偏ったイメージや過度な期待感が社会において広まる風潮にあること、また、配偶者暴力防止法の制定以来、配偶者からの暴力に対する取組が、加害者責任の追及よりも、加害者の元を離れることを前提とした被害者の安全確保やその後の自立支援に重点が置かれていることにより、加害者プログラムが被害者支援の流れのなかで特異なものとして位置付けられる傾向にあること等の影響を受け、加害者プログラムの在り方等に関する議論を進めることが難しい状況にあることが指摘された。

このような状況を受け、今後、加害者プログラムの在り方等に関する議論を進めるためには、加害者プログラムを被害者支援の一環として位置付けるとともに、被害者支援に資する加害者プログラムの実践に向けて、国において加害者プログラムに関する一定の基準の策定が必要であるとの意見が出された。

2 被害者支援団体

被害者支援団体からは、支援の現場には「加害者の言動を何とかしたい」「暴力さえなければ、一緒に暮らしていきたい」「子供にとっては父親であるため、暴力を止める方法はないか。暴力がなくなれば別れたくない。」といった内容の相談が被害者から日常的に寄せられるが、このような問合せの受け皿となりうる取組を行っている団体の情報が限られているため、暴力が深刻化してから再度相談に来るというケースが後を絶たない状況にあることが報告された。

このような状況を受け、相談の初期の段階において、加害者を暴力によらないコミュニケーション等について学ぶことができるプログラム等につなぐことができれば、暴力の深刻化をある程度抑えたり、被害者が我慢の限界まで加害者の元にとどまるという現状を変えることができるのではないかという意見が示された。

一方で、加害者を強制的にプログラムに参加させる法制度が整備されていないこと、諸外国の先行研究の中には、加害者プログラム参加者の再犯率の高さを指摘し加害者プログラムの効果について否定的な見解を示すものがあること、また、離婚調停等の場において、加害者が面会交流や親権等に関する協議を有利に進めるために加害者プログラムに参加していることを免罪符として利用する危険性が拭えないこと等、加害者プログラムに対する懐疑的な見解も示された。

3 調査結果に対する考察

1 加害者プログラムに関する疑義について

地方公共団体及び被害者支援団体においては、加害者を対象とした取組に関する情報が限られていること、加害者プログラムの効果や法的位置付けが明確ではないこと、被害者の安全確保に対する不安や懸念を払拭することが難しいこと、また、加害者プログラム参加者の再犯率の高さを指摘している一部の海外の先行研究に関する情報が広がっていること等により、加害者プログラムそのものに対する不信感や、限られた予算の中で、明確な効果が期待できない加害者プログラムを進めることへの抵抗感などがあることが明らかになった。

今後、被害者支援の一環として、加害者プログラムを適切に実施していくためには、国内外における加害者プログラムの実施状況に関する正確な情報や、加害者プログラムの効果等に関する実証的基盤のある研究を収集・分析して周知するとともに、諸外国における動向を踏まえて、日本においても、より効果が期待される加害者プログラムの構築及び改良を進めていくことが必要である。

2 加害者プログラムへの参加の義務付けの有無について

加害者をプログラムに参加させる方法として、諸外国においては、裁判所による、プログラムへの参加を義務付ける命令をはじめ、プログラムへの参加を拒否したり、途中で参加をやめた場合に制裁を科すという条件付きの命令や警察や地域の被害者支援団体による法的拘束力を伴わない勧告等があり、事案の状況に応じて適切な手段が採られている。

今後、日本における加害者プログラムのあり方を検討する際には、諸外国の取組を参考にしつつ、被害者に対する危険度等のアセスメントの導入や、加害者プログラムへの参加に係る法制度の在り方等について検討していくことが必要である。

3 加害者プログラムの位置付けについて

諸外国においては、地域の司法、行政及び民間の連携のもと、加害者と同居している被害者の安全・安心の確保から、離婚後の安全な面会交流の実施の支援まで、暴力の危険度や被害者の状況に応じたプログラム等が提供されている。また、配偶者からの暴力を目撃することによる子供への心理的虐待に対する取組の一環として、児童相談所等との連携により、配偶者暴力及び児童虐待の加害者を対象としたプログラムを実施している国もある。

今後、日本において加害者プログラムに関する取組に関する議論を進めていくためには、加害者プログラムを被害者支援のための一つのツールとして捉え直し検討を進めていくことが望ましい。

4 今後期待する取組等について

1 加害者プログラムの実施状況等の周知

国内外の加害者プログラムに関する取組状況や、プログラムの効果等に関する実証的基盤のある研究を収集・分析することにより、加害者プログラムに対する画一的かつ懐疑的なイメージの解消を図るとともに、効果のあるプログラムについて具体的な提案がなされることが望ましい。

なお、加害者プログラムの効果に関する研究における再犯率の測定及びエビデンスの抽出に関しては、その調査方法、時期及び対象者の選定の範囲によって多様な結果が導き出されるため、加害者プログラムの効果に関する先行研究を検証する際には、これらの点を考慮し、研究結果の相対化を図ることが必要である。

2 加害者責任の明確化及び被害者支援の一環としての位置付け

配偶者からの暴力の被害者支援において、最優先されるべきことは、被害者の安全・安心の確保であることは言うまでもないが、中長期的な被害者の安全の確保及び心身の健康の回復を図るためには、加害者が暴力の責任を認識し、暴力的・支配的な行動パターンを修正することが不可欠である。

そのためには、国における配偶者暴力被害者支援に係る基本方針等において、加害者プログラムを被害者支援の一環として明確に位置付け、加害者自身が暴力と向き合い、暴力によらない関係作り等を学ぶためのプログラムの実施が促進されることが望ましい。さらに、地方公共団体においても、取組が進むことを期待する。

3 リスク・アセスメントに基づく被害者支援の拡充・加害者対応

被害者の安全・安心を確保するためには、加害者の状況や暴力の危険度を正確に把握し、危険度に応じた被害者支援及び加害者対応が行われることが必要である。特に、加害者の元を離れずに関係改善を図りたいという被害者のニーズが一定程度あることを認識し、このようなニーズに応えるため、リスク・アセスメントにより危険度を的確に把握し、被害者の安全を確保した上で、加害者に対して適切なアプローチを行う取組の検討が必要である。また、多様な事案に対応するため、リスク・アセスメント指標を検討する際には、ストーカーや児童虐待等、配偶者からの暴力の被害者及びその子供が直面する可能性がある暴力の危険性についても包括的にアセスメントできるような指標の策定が望ましい。

4 加害者「更生」に関する視点の転換

加害者プログラムの目的は、単に加害者に暴力を振るわなくさせることではなく、プログラムを通して、加害者自身が暴力を容認する歪んだ価値観に気付き、暴力的・支配的でない人間関係の構築や暴力によらない生き方を習得し、最終的には社会的に包摂されることを目指すものである。

今後、社会において、加害者は決して変わることはないという諦念や、加害者に関与することへの消極的なイメージが解消されるとともに、加害者プログラム等を通して、加害者に暴力的・支配的な行動パターンを改める機会を与えることが、中長期的な被害者の安全や社会の安全の確保につながるという認識が広がることが望ましい。

5 加害者プログラムの実施に係る基準等の策定及び人材育成

加害者プログラムを被害者支援の一環として進めていくためには、国において、一定の実施基準(実施形態、回数、プログラムの終了基準、被害者の安全確保に関する方針、スーパービジョン、プログラム実施者・ファシリテーターの資格等)やマニュアルが策定されるとともに、策定した実施基準に基づくプログラムの実施者の養成に向けて、国や地方公共団体において職務関係者向けの研修等が実施されることが望ましい。

6 「暴力を容認しない」社会認識の形成

加害者プログラムを被害者支援の一環として位置付け、被害者支援の拡充を図っていくためには、暴力は決して許されるものではなく「暴力の責任は加害者にある」という社会認識の高まりが不可欠である。

今後、被害者の安全・安心の確保及び地域社会の安全の確保を目的とする加害者プログラム等の加害者対策の検討や取組等を通して、「暴力を容認しない」という社会における共通認識の形成が図られることを期待する。

おわりに

第4次男女共同参画基本計画(平成27年12月)においては、加害者の更生に関する取組として、「地域社会内での加害者更正プログラムについて、民間団体の取組も含めた実態を把握し、プログラムを実施する場合の連携体制の構築も含め、その在り方について検討する。」とされた。このことから、今後は、本調査結果等に基づき、加害者プログラムを被害者支援の一つの手法として位置付け、被害母子の安全度や被害者のニーズに即した運用が促進されるよう、リスク・アセスメント指標や加害者プログラムの実施基準等の策定に向けた検討が進められるとともに、関係省庁・機関等の連携体制の構築が図られることが望ましい。

※本報告書は、地方公共団体等に提供するとともに、内閣府男女共同参画局のホームページに掲載いたしました。
http://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/chousa/pdf/h27_report.pdf別ウインドウで開きます