「共同参画」2014年 12月号

「共同参画」2014年 12月号

連載 その2

男女共同参画 全国の現場から(8) つくばにて その2
地域エコノミスト・(株)日本総合研究所主席研究員 藻谷 浩介

この秋再びつくばで行われた、草の根の集まりで学んだ話をご紹介したい。

できそうにもないことを思いつくのは簡単だが、実際にやるのは至難だ。そんな中、軽やかに諸事情の壁を飛び越えて突き進んでしまう人には、どうも男性よりも女性が多いのではないかと感じる(筆者比)。

バブル真っ盛りの1989年。つくば市に引っ越してきた40代半ばの主婦が、近所に静かなため池を囲む緑豊かな里山を見つけた。お気に入りの散歩コースにしていたら、そこにも団地だのゴルフ場だの、いろいろな開発計画が持ち上がってきていることを耳にした。皆さんならどうするだろうか。何ができるだろうか。

その里山は、当時開発に拍車のかかっていた筑波研究学園都市の中心部から、5キロメートルほどしか離れていない。西は常磐高速道、東は国道6号線、北は土浦駅とつくばを結ぶメインの道路に囲まれ、道路交通は至便。そこに谷地田(低い丘陵の間の谷間に細長く伸びる田んぼ)と、薪を使わなくなった現代人には無用の雑木林が、個人地権者70名ほど(現在では300名ほど)の所有する民有地として、奇跡的にも100ヘクタール(1×1キロメートル四方)ほどの規模で残っていた。

しかしそもそも他人さまの土地。しかも自分は隣町に越してきたばかりの一主婦。にもかかわらず、彼女は、この生物相豊かな里山を何とか守れないかと、自ら行動を始めた。関心を同じくする人たちや話を聞いてくれる地権者に働きかけ、つくば市の政府系研究機関に勤務していた生態系保全の専門家の男性を会長にして、任意団体「宍塚の自然と歴史の会」を設立。まだNPOという組織形態がなく、女性が会長になることも考えにくい時代だった。

しかしその6年後、初代会長の転勤で、彼女自身が会長となることに。14年後には、NPO法成立を受けて特定非営利活動法人に改組。現在では、活動を金銭面などでサポートする会員600名以上(多数の企業会員を含む)、年間を通じて行われる各種イベントや保全活動に協力する実働部隊100名以上、という規模に成長している。

活動は多岐にわたる。里山の生物を観察・記録する。人の手が入らなくなって日当たりが悪くなった雑木林を、下草刈りや枝打ちで明るい森に戻す。休耕田になっていた谷地田を借りて耕作する。池や山に増えてきた外来種を駆除する。これらを、住民のボランティアに加え、近隣の小中学校の授業や大学のゼミ活動、企業の職員研修の場にしてもらうことでマンパワーを補って、多年続けているのだ。毎月1万5千部発行する会報は、土浦市とつくば市の小中学生全員に配布される。年間予算はわずか6百万円。同じ規模の自然公園を市が運営した場合の、100分の1以下ではないか。これまでにいただいた各種の賞は数知れず。ユネスコの「未来遺産」にも登録されている。

この奇跡のような活動を創り出し、今日まで続けてきた彼女も、70歳になった。内心は断固としていて、しかし外側はどこまで柔和な彼女のリーダーシップのもと、無数の人たちが思い思いに手をつないで動いている。NPOの理事には最近、34歳の若者も加わった。彼女の産んだ活動は、着実に次の世代へと受け継がれ、続いていく。

藻谷浩介 地域エコノミスト・(株)日本総合研究所主席研究員
もたに・こうすけ/地域エコノミスト。日本政策投資銀行を経て現在、(株)日本総合研究所主席研究員。平成合併前3,200市町村をすべて訪問し、地域特性を多面的に把握。地域振興や人口成熟問題に関し精力的に執筆、講演を行う。政府関係の公職を歴任し、現在、男女共同参画会議専門委員。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」「しなやかな日本列島のつくりかた」等がある。