「共同参画」2012年 12月号

「共同参画」2012年 12月号

連載 その1

地域戦略としてのダイバーシティ(8) 多面性の活かし方Part3
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜

子育ての騒音トラブル

5年前、『共同参画』の創刊以来、続いた拙稿もいよいよ残り4回となった。そこで、筆者が読者の皆様にどうしても伝えたいことを書いておきたい。

最近、子どもの声が騒音だとして地域住民とトラブルになるケースが増えている。また、飛行機の中で乳幼児が泣いたことに対し、著名人が親にキツくクレームをつけたことに対し、ネット上で騒動になっている。そして先日、近隣男性から子どもの声がうるさいという叱責を受けた母親が二人の子どもを刺殺する、という痛ましい事件も起きた。

筆者は、赤ちゃんが泣くのはコミュニケーション・ツールだと思う(注1)。赤ちゃんが何らかの理由で泣いていることを五感をフル活用しながら、受けとめて、コミュニケーションをとるのは、大人として身につけておくべき、スキルの一つだと思う。

筆者自身、育休中に何度も、年配の女性たちに助けてもらった。それまで、おせっかいおばちゃんは大嫌いだったのだが、以来、おせっかいおじさんになろうとココロに決めた。

自分ができる、というわけではなく、目指しているのは、「火がついたように泣いている赤ちゃんの横で、変顔の芸をやって、赤ちゃんをキャッキャッと笑わせられるような大人」だ。

苦い薬を飲みたくなくて、ギャンギャン泣いて、全身で拒否している2歳児の前で途方に暮れている妻から、子どもをあずかり、なだめすかしながら、子どもがゴクンと飲み込んだら、「がんばったな」と頭をナデナデして、子どもも「オレはやったぜ」という顔になるように、もっていける父親でありたい(注2)

好き焼き隊になろう

生育環境の中で赤ちゃんと接した経験が皆無に近く、親になったばかりであればスキルが未熟なのは当然。「たいへんでしょうが、がんばってね」という眼差しを注ぐのは、その人の成熟度のバロメーターだと思う。

飛行機でブチ切れた著名人も、近隣の母子を怒鳴りつけた男性も、あまりに幼稚だ。おそらく昔は、多くの大人がもっていたスキルを最近はもたない人たちが増えているのだと思う。

一方で、公共の場を我が物顔にふるまい、度が過ぎる騒ぎ方をしている子どもたちもたまに見る。その横で、スマホいじりに没頭して、まったく関わろうとしない親の姿を見かけたこともある。

彼らに温かく接するというのは、決して「寛容な心で黙認する」ということではない。とても難しいことだが、子どもの目線で考えさせて、態度を改めるようなコミュニケーションの取り方はあるはずだと思う(注3)

自分の子どもと同じように、地域の子どもたちとコミュニケーションをとり、子ども本人も成長し、親も成長するような振る舞い方を、身をもって示す人が増えるといいと思う。そうした振る舞いをみて、幼稚な人たちが「自らの幼稚さを恥いる」ようになったらいい。

困っている子ども・親たち、困った子ども・親たちがいたら、積極的に関わろう。おせっかいだとは思わずに、世話好き・世話焼きな『好き焼き隊』になろうではないか。

注1:簡単にいえば、赤ちゃんは泣くのが仕事で、周囲の大人たち(親に限らない)は赤ちゃんにかまってあげるのが仕事だ。

本当かどうか知らないが、かつてギリシャのスパルタで「赤ちゃんが言葉をしゃべるのはもともとDNAに組み込まれているのか」を社会実験したというエピソードがある。

周囲の大人たちは赤ちゃんたちの世話はしても、何も話しかけないようにしたところ、赤ちゃんはまったく言葉をおぼえなかったし、周囲の人に関心を持とうとしなくなった=殻にとじこもって、完璧に静かな子どもたちとなった、という話を聞いて、「なんて残酷な」と思った。

注2:我が家では実に珍しいことなのだが最近、妻に「このスキルだけはかなわない」とちょっと褒められた。

注3:以前、電車の中で、ギャーギャー騒いで、走り回っている子ども集団がいた。近くで談笑しているヤンママ風の母親たちは、まったく注意をするそぶりもない。電車の中には、うんざり感が充満していた。

筆者は、その子たちのところまで、ギャーギャーと言いながら、走っていった。ギョッとして立ちすくむ子どもたちに話しかけた。

 「こんにちは。いま、おじさんのことを『ヘンだなあ。みっともない』って思ったよな」

コクリとうなずく子どもたち。

「おじさんの目には、君たちも同じように見えるんだよ。電車の中には、おじいさんも、おばあさんも、赤ちゃんもいろんな人たちがいるんだ。それなのに、さっきみたいに、おじさんがギャーギャーわめいて、走りまわっていたら、どう思う?」

「ヘン」、「めーわく」と口々に言う。

「そうだよ、変だし、迷惑なんだよ。さすが、お兄ちゃんだけあって、よくわかっているな。だから、おじさんは電車の中では、どうしなければいけないと思う?」

「大声をあげない」「静かにすわってる」

「そのとおり。みんな、いいことを言うな。ほんとにいい子たちだ」と頭をナデナデ。

「これから、おじさんもあっちで静かに座っているから、どっちが静かでいられるか、くらべっこしようか」

コクリとうなずく子どもたち。

ヤンママたちとも目が合った。「どうもぉ」という感じで、黙礼をしていた。

満面の笑みで、近くの席まで歩いていくと、小松政夫さんにソックリなおじいさんから、モゴモゴと声をかけられた「あんたは、エラい!」と言われたのだが、「あんたはエロい!」と聞き間違えて、ギクッとした。

椅子に座ると、横に座っているおばあさんから、握手を求められた。急に、「また、やっちまった」と我にかえって、気恥ずかしくなったが、後の祭り。でも、子どもたちがきちんと座っている姿がうれしかった。

うまくいったのは、たまたまかもしれない。下手したら変質者扱いされたのかもしれない。「うぜー」の一言で、無視されることだってあるかもしれない。ただ、これからも好き焼き隊でいようと思う。

株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府『「企業参加型子育て支援サービスに関する調査研究」研究会』委員長、『子ども若者育成・子育て支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)』選考委員会委員、男女共同参画会議  専門委員、厚生労働省『イクメンプロジェクト』『政策評価に関する有識者会議』委員等の公職を歴任。