「共同参画」2012年 12月号

「共同参画」2012年 12月号

スペシャル・インタビュー

消費者と共にある消費者庁
阿南 久
消費者庁長官

女性目線を、消費者行政に活かしたい。

 今回は、民間からの初の女性長官に就任され、注目を集める阿南久さんにお話しを伺いました。

― 消費者運動の立場から、消費者行政の長へ。

「そのままでいいから。」と指名されたものの、最初は本当に緊張しました。生協活動で、散々政府にものを言ってきましたからね。「役所に行ったらいじめられるよ。」と言う人もいました。中に入って3か月ですが、今は「そのままでいいんだ。」と確信しています。消費者運動の中で培ってきた「暮らしの中での問題意識」。それを消費者庁の職員と共有する。それこそが、消費者行政を推進する消費者庁の役割を果たすことそのものにつながると思います。やりがいを感じています。

― 消費者行政で最も重要な課題は何でしょうか?

「消費者被害対策」。特に高齢者の被害はどんどん拡大しているので、救済策が必要です。消費者に「生活するスキルや情報」が伝わっていない。被害にあった高齢者の方々を見るとつくづくそう思います。対策として「注意喚起」や啓発に力を入れています。今年8月には「消費者教育推進法」が国会で成立しました。子どもから高齢者まで、生涯にわたって「生活していくための教育」を受けてもらえる環境づくりが大切だと思っています。そこで、消費者庁では、全国各地の消費生活センターがお年寄り向けに実施する「出前講座」など、高齢者の集まりに出ていくような取組が進むよう地方自治体への支援を行っています。子ども達についてですが、学校教育の中に消費者教育を位置づけてはいますが、ほかの課題が多くて十分な授業時間の確保が難しいのが実態です。「お金の使い方」「食べ方」など、「知らないから被害にあう」ことがないように、もっと力を入れなければと思います。また、「子ども安全メール」として、2万2千人の登録者に毎週「子どもの事故」などに関する情報を送っており、こちらは具体的でわかりやすいと若いお母さんたちに好評です。

― 消費者庁・消費者行政と「男女共同参画」について

 消費者行政を担うところに女性の参画が進むことは、大変意義あることだと思います。職員全体では、残念ながら女性が多いとは言えませんが、過半数近くが女性の課もあります。そういうところは、女性の目線で見ますから、すごく生活に密着した施策ができあがるように思います。
例えば、地方に出向いて、意見交換や説明会などを行いながら、地方公共団体や地方の消費者団体等への支援等に関する施策を実施する「地方協力課」は半分以上が女性です。「消費者安全課」についてもそうです。生命の安全にかかわる製品の事故などを扱います。男性目線だと、その製品の使い方を実際に使う観点で把握できないように思います。例えば、怪我をした時、どうやって怪我をしたのか直ぐに想像できるのは、普段使っている女性だと思います。高齢者で被害を受けるのも女性が多いですから、消費者行政すべての分野で、女性の観点がものすごく重要になるわけです。だから消費者行政に女性を増やす。これは、確実にメリットになると思います。
意思決定過程に3割以上の女性の参画を促すポジティブアクションについても、もっと推進していく必要がありますね。日本の社会全体に与える影響が大きいですから。

― 消費者庁のワーク・ライフ・バランスの状況は?

業務の絶対量が多いのが、現状です。残業を縮減してなるべく早く帰ろうという声掛けはあっても、なかなか難しい。そうした中でも、男性職員で保育園に送っていくとか、お迎えに行っているという話は耳にします。子どもの送り迎えをするのは結構大変なことですよね。どの荷物を持っていくとか、迎えに行って戻ってきたら、家で何をするかとか。「生活のコーディネート力」が身に付きます。さらに、子どもの行動もよく見ることができますね。子どもは、いろいろな「危ない瞬間」を見せてくれます。子どもと接する時間が長ければ長いほど、そういうことに対する勘が磨かれます。それによって職員の「消費者目線」が育ちます。だから職員には、もっともっと子育てに参加してほしい。家で子どもとちゃんと付き合ってほしい。そのためには、業務の効率化、改善が欠かせません。

― 「消費者目線」は「生産の現場」も変えることができる。

消費者庁は、出向者の多い役所です。プロパーの職員は、来年入る予定の女性1名だけです。全職員は270名ですが、皆、本籍は別の役所です。経済産業省、厚生労働省、農林水産省、公正取引委員会との関わりが深いですね。いずれも「生活の産業」ですから、そこへ戻ってからも消費者庁での経験、ここで獲得した「消費者目線」を大いに生かしてもらいたいと思います。経済社会は「生産と消費」で成り立っています。消費者の商品を選ぶ際の賢い目が、良い商品を育てます。そしてそれが、産業を成長させることにつながります。

ですから、「消費者目線」は「生産の現場」も変えることができるのです。

― 後輩の女性たちへ。

子どもを産むと、「3歳までは子どもと一緒にいなさい」とか、いろいろと言われますよね。私も出産したころは家庭にいました。娘を連れて公園で遊ばせる毎日は、充実感もありましたが、閉塞感もありました。新聞を読んでは、「社会とつながりたい」とずっと思い続けていました。今増えている「子どもへの虐待の問題」も、こんなところに「根」があるように思います。

若いお母さんたちには、どんどん外に出て欲しい。生協の「子育て広場」のような、お母さんたちが集まれる場にどんどん出て行って仲間を作って、悩みを共有して下さい。そうした中で、やりたいことも出てくると思います。

職場復帰したお母さんたちには「苦労や文句を職場にどんどん吐き出しなさい。」と言いたい。そうしたら職場は考え始めると思います。消費者庁では、「チーム阿南」を作って、庁内横断的に集まった10人程度のメンバーで「働きやすい職場づくり」について議論しています。いわば「未来の消費者庁」を考えるメンバーです。女性職員たちと「女子会」も開きました。女子が集まると、いろいろな話が出てきます。ウサ晴らししながら、前向きに対策を練る。これがいいんです。

私はこれまで、人生の中で自分が見つけた仕事を忠実にやってきました。長官になろうと目指してきたわけじゃない。興味のある「暮らしのこと」を学び取り組み続けて来たら、消費者庁長官になった。意義を感じること、そこでできることを精いっぱいやっていくことが道を拓くと思います。

 阿南長官のご主人は、子育てに積極的に参加され、ご自身のリタイア後の今は、食事の世話で妻を支え続けているそうです。「男も女も、どちらが先に亡くなっても、しっかり人生を全うできる「暮らす力」が大切だ」と笑う長官が目指すのは、「消費者と共にある消費者庁」。女性目線を活かした消費者行政の実現を大いに期待したいと思います。

阿南 久 消費者庁長官
あなん・ひさ/
昭和47年3月 東京教育大学体育学部卒業。
長女を出産後、生協活動に参加
平成3年6月-平成19年6月
生活協同組合コープとうきょう理事
同 11年6月-同 15年6月
東京都生活協同組合連合会理事
同 13年6月-同 19年6月
日本生活協同組合連合会理事
同 15年8月-同 19年8月
全国労働者共済生活協同組合連合会理事
同 19年10月-
全国消費者団体連絡会 事務局
同 20年5月-
全国消費者団体連絡会 事務局長
同 24年8月-消費者庁長官