「共同参画」2012年 11月号

「共同参画」2012年 11月号

連載

地域戦略としてのダイバーシティ(7)  多様性の活かし方Part2
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜

3つのP

先日、IMFのラガルド専務理事が来日した際に、「日本には、潤沢な未活用資産がある。それは女性だ。女性が活躍できる環境を作れば日本の潜在的な生産力は2030年までに25%増加する」と述べた。

同氏の言は正しいが、筆者は女性以外に未活用資産は2つあると思う。それは男性と第三の性の人たち(LGBT、注1)だ。こう書くと、「もうすでに男性はあらゆる領域で幅をきかせているから、活用の余地なんてない」と考える人もいるだろう。筆者は、『多面性をもった人たち(特に、男性社員)』が活躍すると日本経済は活性化すると考える。以前、拙稿でソニーのウォークマンを例に述べたことがある(2011年4・5月号所収)。

経済産業省の報告書では、女性活躍はプロダクトイノベーション、プロセスイノベーションを生むという(注2)。しかし、これは決して女性特有のものではなく、制約社員が生み出すものだと思う。現在、制約社員の大半は女性だが、今後は育児・介護で制約を持ちながら働く男性たち、あるいはLGBTにも同様の効果が期待できるはずだ。

3つ目のPは、パラレルキャリア、すなわちワークのみならず、ライフのキャリアを積んでいくという考え方だ(注3)。以前拙稿で「ライフの山あり谷あり曲線」「おしん曲線」について述べた(2010年8月号所収)。

現在、筆者は老父の介護、2歳児の看護をしながら働いている。制約ができる前と比べると、アウトプットは減っており、内心、忸怩たる気持ちもある。しかし将来、私の部下や後輩に、制約社員は増えるだろうから、いま筆者が人並みに苦労していることは、いずれマネジメントに活きてくると思う。

ライフのキャリア形成

かつて「電力の鬼」と呼ばれた、松永安左エ門氏は、「人間は、浪人、闘病、投獄の『3つの節』を通らなくては一人前ではない」と述べた(注4)。一見すると、「負」でしかない経験が、実はライフ(人生)のキャリアでは重要な転機になるという意見に筆者も同感だ。

『浪人』とは、組織に属さず、自身の真価を問われる場に身を置くことだ。『闘病』とは、死に直面し、人生の価値を自問自答する機会を持つことだ。『投獄』とは、時の権力との対峙を恐れず、自らの信念を貫く姿勢を保つことだ。『浪人、闘病、投獄』の現代版は、『左遷・転職・独立、介護・看護、権力との対峙』の3節ではないか(注5)。

ダイバーシティでは、個人の自律性が大切だ。これまでも「自律的なキャリア形成」という言葉は使われてきた(注6)。しかし、そもそも『キャリア形成』がワーク面に限定されてきたために、結果的に自律性が低い人材が生み出されてきたように思う。今後は広くライフ(人生)のキャリア形成を考えるべきだ。

ワークの華麗なキャリアは、他の人を感心させても感動は与えない。逆に、ライフで試練を乗りこえたキャリアは感動や共感を呼ぶ。以前、弊社の佐々木常夫・元社長を例に述べたとおりだ(2010年4・5月合併号)。そして、共感の連鎖こそが社会の風潮や組織風土を形造る。多様性を許容する風土の醸成には、ライフのキャリアという考え方が不可欠だ。

注1:レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字をとった略語。

注2:プロダクトイノベーションとは、女性の視点を活かした商品開発 等。プロセスイノベーションとは、女性の視点を活かした販売戦略 等(経済産業省『ダイバーシティと女性活躍の推進』2012年より)。

注3:国立女性教育会館の前館長・神田道子先生は、「社会活動キャリア」と命名。

注4:松永安左エ門『松永安左エ門自叙伝』(人間の記録85:日本図書センター 1999年)など。

注5:1つ目の「左遷・転職・独立」では、組織の一員としてではなく、その人自身の真価を問われる。また、『雨天の友は真の友』とあるとおり、逆境になった時に、離れていく人と親身になってくれる人との見極めがつく。組織を離れても通用する実力を身につけ、真の友を持つ人は、新天地でも大きく飛躍するはずだ。

2つ目の「介護・看護」。以前、妻は筆者に、「もしかしたら、私たちはやがてこの子(小児脳腫瘍の次男)を看取ることになるかもしれない。それは自分が病気で死ぬよりも、ずっと辛いことでしょう。けれど、私たちは最後の瞬間まで笑顔でいましょう」と語った。「え?笑顔なんて無理だよ」と問い返した筆者に妻は、「いちばん辛いのはこの子だから、私たちが泣いて、さらに辛い思いをさせないために、『生まれてきてくれて、ありがとう』『おまえの親になれて、ほんとうに幸せだよ』とずっと笑顔で語りかけましょう。そして、看取ったあとに思う存分、泣けばいい」と静かに言い切った。まったく、母親に父親はかなわないなと思う。

また、昨年、筆者の学生時代の知人女性は、ガンで亡くなった。6歳の子を遺した彼女は終末期に、ガン遺児のためのNPO法人『aims』の設立に奔走した。最後まで、実に立派な生き方を全うなさったと心から、深い感動と敬意をおぼえている。

3つ目の「権力との対峙」。権力とは決して、国家権力(検察を含む)だけを意味しない。最近は、マスメディアも大きな権力だし、移ろいやすい『世論』は最大の権力だと思う。例えば、見識に欠ける政治家が『世論』の追い風を受けて、大衆迎合的な政策を掲げるような場合に、行政職員が世間から激しいバッシングを受けながらも、おかしいことはおかしいときちんと批判・対峙する姿勢を持てるか、どうか。多くの人は「長いものには巻かれろ」と保身に走るが、気骨のある人は自らの信念に殉じることも恐れない。そういう人こそ、『盛者必衰』で権力者が去った暁には、大きな仕事を成し遂げることができるのではないか。

注6:厚生労働省『平成19年度キャリアコンサルティング研究会報告書』『平成21年度キャリア健診研究会報告書』など。

株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府『「企業参加型子育て支援サービスに関する調査研究」研究会』委員長、『子ども若者育成・子育て支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)』選考委員会委員、男女共同参画会議  専門委員、厚生労働省『イクメンプロジェクト』『政策評価に関する有識者会議』委員等の公職を歴任。