「共同参画」2012年 10月号

「共同参画」2012年 10月号

連載

地域戦略としてのダイバーシティ(6) 多面性の活かし方Part1
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜

産後クライシス

以前、拙稿で『女性の愛情曲線』をご紹介した(2010年7月)。これに関連して、NHKの人気番組『あさイチ』が『産後クライシス』、すなわち「出産後、家事・育児を一緒にやろうとしない夫に対する妻の愛情が急速に下がる」「この期間に生じた不仲はその後も長く禍根を残す」というテーマを取り上げた。筆者も同番組に出させていただき、優秀なディレクター・記者から、いろいろ教わった。

こうした問題はこれまで『育児ノイローゼ』『産後うつ』と、母親に問題があるかの如く一面的な見方がなされがちだった。しかし、「産後クライシス」という捉え方は、夫の不作為責任を含む、社会の在り方に問題があるという認識が斬新だ。

視聴者からスタジオにFAXが、わずか1時間で2500枚以上も届いた。一部、アンチ共同参画の男性から「仕事で多忙な夫に育児家事もしろとはケシカラン」との声もあったが、怒涛のように押し寄せる妻たちの夫に対する恨み、つらみの声に吹き飛ばされていた。

夫の産後補償

なぜ、夫婦間で齟齬が生じやすいのか。妻は夫婦内で比較するのに対して、夫は他の男性と自分を比較して「俺はけっこう、やっている」と自画自賛しやすい。

時折、「あなたの旦那さんはイクメンだから、楽ができてうらやましい」と周囲から言われるのが癪に障るという妻たちの声を聞く。「育児・家事を30%やってる俺はエライ」とドヤ顔をするイクメン・カジダンの横で、妻は「70%やってるのは私なのに、どうして私が楽をしてるみたいな言われ方をされなきゃいけないのよ!」と憤懣やるかたない様子だ。

先日、上述のあさイチを賞賛した妻の言葉にショックを受けた友人男性(自称かなりのイケダン=イケてる旦那)から、「相談したい」と連絡があった。

友人曰く、「子どもが生まれて、仕事をがんばって、管理職にもなって、収入も増えたし、週末も頑張って育児・家事も協力してやってるのに、いったい俺のどこが悪いんだ」「産後なんて、もう随分前のことなのに、今だに引きずってるなんて、まったく女って奴は執念深いよ。」

筆者は、「それは違う。おまえは『自分が頑張ってわが家は豊かになった。もはや産後ではない』と思ってるかもしれないが、加害者はきれいさっぱり忘れてしまっても、被害者は忘れないものだよ。」

「俺はどうすればいいのだ」と悩む友人に、「通常、戦後には、賠償金を含む講話条約を結ぶだろ。戦後も産後も一緒だよ。新しいルールを締結するといい」と促して、『ポイント制』を勧めた。日頃から、職場で数字を達成することに血眼になっている友人は「やってやろうじゃないか!」と乗り気になった(注1)。

しかし、友人の妻によると、あえなく1週間で白旗をあげたらしい(注2)。

夫婦の愛情も家事も、酸素と似ている。普段は見えにくいので、有り難みを感じないが、なくなりそうになって初めて、その価値に気づく。失ってしまう前に、苦労をした方がずっといい。我が家では、いま30年後の産後クライシスに備えて、6歳と2歳の倅たちを特訓中だ。「可愛い子には家事をさせろ」である。

注1:友人と筆者の会話は以下のとおり。

友人:深夜、帰宅したら、女房が「朝、テレビに渥美さんが出てたから、録画しといたわよ」と話す声が妙に明るかったから、イヤな予感がしたんだ。番組を見ながら、女房がやたらに「そのとおり!」と相の手を打つし、どんどん勝ち誇った顔になるんで、俺は針のむしろに座らされた心境だったよ。

私:それで、番組はどうだった。

友人:おまえは相変わらず、滑舌が悪いな。

私:気をつけてるけど、直らないんだよ。それは置いといて、番組の内容はどうだった。

友人:女房が「我が家には産後クライシスなんてないってあなたは思ってるんでしょ?」と訊くから、「子どもが生まれて張り切って、俺が頑張って昇進したからボーナスも増えたんだぞ。おまえも喜んでたじゃないか」って反論したら、「それはそれ、これはこれ。うちにも、深刻な産後クライシスはあったわよ」って女房が言うんだ。それで、おまえの話を聞いてみようと思ったわけだ。

私:お勧めは、『ポイント制』の導入だ。子どもの送り1ポイント、迎え2ポイントという風に、夫婦でポイントを積み上げていくんだ。おまえは、どんな家事をやってるんだ?

友人:ゴミ出しに、子どもの風呂入れ。

私:ファザーリング・ジャパンの安藤さんがよく仰るように、玄関に置いてあるゴミを出すのは単なる「ゴミ移動」で0.1ポイント。ゴミの仕分けをして、新らしいゴミ袋をセットしたら0.3ポイント。風呂入れは0.2ポイント。バスタブ磨きとお湯抜き、脱衣を洗濯機に入れるとこまでで0.6ポイント。飲み会に出席したら、妻に5ポイント。夫婦で10ポイント差がついたら、相手に美味しいものをご馳走して、チャラにして再スタートするんだ。

友人:それじゃぁ、俺は財政破綻しちゃうよ。

私:財政破綻しないように、こつこつと積み上げるんだよ。以前、おまえは「俺はエース社員だから、不景気でも数字をきちんと上げてるんだ」って自慢してただろ。職場と同じ調子でやれば、おまえならできるよ。

友人:よし、やってやろうじゃないか!

私:そうこなくちゃ。「見せましょう、野郎の底力を!がんばれニッポン男児!」だ。

友人:乾杯しようぜ!

注2:数日後、友人の妻からメールが届いた。「お久しぶりです。夫に良いアドバイスをありがとうございます!夫はけっこう頑張ったのですが、1週間後、かしこまって私の前に正座し、『家事育児でポイントを稼ぐのがこんなに大変だとは思わなかった。今までナメてたことがよくわかった。すまん』と頭を下げてくれたので、大いに溜飲が下がりました。これからが楽しみです!」

筆者は、「雨降って地固まるになるといいですね。ただ、第一次大戦後、ヴェルサイユ条約で、あまりに過酷な戦後補償を突きつけられたドイツが逆ギレして、ナチスの台頭を招いたように、あいつが逆ギレして亭主関白を宣言したり、浮気に走らないように、産後補償はほどほどに。頭を下げた相手には、寛容に接したほうが良い関係は長続きしますよ。末永くお幸せに!」

株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府『「企業参加型子育て支援サービスに関する調査研究」研究会』委員長、『子ども若者育成・子育て支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)』選考委員会委員、男女共同参画会議  専門委員、厚生労働省『イクメンプロジェクト』『政策評価に関する有識者会議』委員等の公職を歴任。