「共同参画」2012年 8月号

「共同参画」2012年 8月号

連載 その1

地域戦略としてのダイバーシティ(4) 多様性の受け止め方Part3
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜

説得ではなく、自己納得

本連載の第2回で、最も大切なのは『己を知り(自律)、相手を知ろうと(受容)する姿勢』と述べたところ、読者から「相手の考えを知った後、どうやって説得すればいいのか」という質問が届いた。

最近、私は企業の経営陣(社長、CSR担当常務、人事担当役員など)と対談する仕事が増えてきた。相手は私より20年以上、年長の方々ばかりなので、入念に準備する(注1)。その上で当日は、「説得」しようなどとは決して考えない。相手が好むキーワードとロジックを気分良く話していただけるよう、熱心な聞き手になりつつ、ダイバーシティを絡めていく。相手が少しでも肯定的な発言を話したら、「さすがですねぇ」と心から感嘆したり、「もう少し、詳しく教えてください」と掘り下げつつ、さらに肯定的な発言が続くように努める。

人間は誰でも他人に説得されることには生理的な反発を抱くものだ。かつて、とても優秀な女性が失敗したA社の事例を私は反面教師にしている(注2)

対談相手自らが発した言葉が当人の耳に残り、「いま自分は良いことをいったな」と思い、その言葉に自分自身が納得していくよう誘導していくのが最も上等なやり方だ。私はこのスキルを職場で活躍している女性の先輩たちや懇意にしているダイバーシティ担当者(大半は女性)たちから学んできた。

注1:「これまで社内で対談相手が、どういう発言をなさってきたのか」を可能な限り、担当者から情報開示していただく。例えば、経営会議での発言などを分析して、相手が好むキーワードとロジックを見つける。
そして、それらを絡めてダイバーシティの話を展開する。

注2:かつて私がお手伝いしたA社では、女性活躍に理解のある社長がダイバーシティ推進室を設立し、非常に優秀な女性社員に白羽の矢を立てて、初代室長に任命した。張り切った彼女は、現場で生じた不協和音が少しでも耳に入ると、現場の管理職を一人ひとり推進室に呼んで、徹底的に相手を論破するというやり方をした。いつしか推進室は、「ロンパールーム」と揶揄されるようになった。
社長の後ろ盾もあるため、飛ぶ鳥を落とす勢いで急速にダイバーシティが現場に浸透するかに見えたが、経営陣の交代で一気に揺り戻しがきた。論破された人たちが裏で手を結び、事実無根のタチの悪い噂を流すなど、さまざまな嫌がらせをした。結局、その女性は退職する羽目になり、私はとても残念であった。

敵対者が心を開く人を通じて注入

次に、自分自身では決して自己納得しないような敵対者にはどうすればよいか。以前、コンサルしたB社での出来事。過労死もいとわないモーレツ部長C氏の口癖は「最近の若いヤツらはヌルイ。なにがワーク・ライフ・バランスだ。おれはワークワークで、ワクワクしちゃうぞ。わっはっは。執務机で死ねたら本望だ」。

滅びの美学を持つ彼の部署の売上は、右肩上がり。一方で、部下たちの職場満足度は右肩下がり。特に、ワーキングマザーのストレス度はレッドゾーン寸前だ。

ある時、C部長は「さっとお茶が出てくる職場はパラダイス。家に帰っても、話し相手は愛犬のポチだけだ」とぽつり。私はこういった部長の発言録を徹底的に分析し、担当者を通じて、その部長が一番尊敬しているB社の会長に、「このままでは業績バツグンのC部長に傷がつきかねない」と報告した(注3)

興味深かったのは、会長の対応。秘書に万歩計を買いに行かせ、C部長に「君のような優秀な社員には長く活躍してもらいたい。それには持続可能な働き方が必要だ。この万歩計を使って健康に留意し、ますます活躍しなさい」

C部長は、「尊敬する会長が私の健康を気遣って下さった」と大感激。以来、早く帰ってウォーキングをするようになった。C部長は今も、「いやあ、私は相変わらずワーク、ワークで。たまにポチとウォーク」と苦笑するが、すっかり健康体になっただけでなく、ウォーキングの最中に他社の社長と知り合い、大口取引までまとめたという。一方で、部下たちも早く帰れるようになり、ストレス度はかなり改善された(注4)

ワーク・ライフ・バランスとは対照的な上司がいたとしても、その姿勢を変えるヒントがないわけではない。

注3:B社はWLBとはまったく真逆な体育会系だったが、今後も組織の持続可能性を高めるためには、女性活躍やWLBの推進が不可欠という会長の判断により、全社横断的な「次世代プロジェクトチーム」が結成され、私はそのアドバイザーだった。
「次世代リーダーに聞く」というコーナーで対談したC部長の座右の銘は「適者生存」だった。そこで、対談の締めとして、「生き残るのは最も強いものではなく、最も賢いものでもなく、変化できるものである」という言葉を語っていただいた後に、私は「まさしくC部長がおっしゃったとおりです。いまB社は次世代プロジェクトの一環として、働き方改革に取り組んでおられますが、働き方も変化していかないといけません。チェンジにチャレンジすることはチャンスです」という言葉で結んだ。対談をまとめたものを担当者が会長に報告に出向く際に、「C部長の働き方が変わらないと、ストレス度が高い部員で健康を害したり、メンタルが生じるリスクがある」という私のコメントを付した。

注4:対談から1年後、C部長から「久しぶりに会いませんか」と連絡が入った。出向くと、右肩下がりのグラフを見せられた。WLBコンサルとして筆者は、「必ず業績が上がります」と力説してきた手前、もしこれが部の業績のグラフだとまずいなぁと身を強張らせた。C部長は自慢げに、「これは、横軸が万歩計の歩数で、縦軸が私の体脂肪率です。すごい減り方でしょう」「最近、部下たちにも、『君たち、持続可能な働き方が大切だぞ』と話してるんです」。一挙に力が抜けたものの、それまで、ライフ=仕事をしない時間と否定的に捉えていたC部長が、会長の言葉をきっかけに、ライフ=健康にプラス、愛犬家ネットワークが営業実績にもプラス、部下マネジメントにもプラスという、気づきの連鎖が起きたことに内心、快哉をあげた。

株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府『「企業参加型子育て支援サービスに関する調査研究」研究会』委員長、『子ども若者育成・子育て支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)』選考委員会委員、男女共同参画会議 専門委員、厚生労働省『イクメンプロジェクト』『政策評価に関する有識者会議』委員等の公職を歴任。