「共同参画」2012年 6月号

「共同参画」2012年 6月号

連載 その1

地域戦略としてのダイバーシティ(2) 多様性の受け止め方Part1
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜

多面性を持つ人の多品種・少量接種

前回述べたとおり、そもそもWLBやダイバーシティとは、価値観の問題や取り組むか否かという選択の問題ではない。社会システムの転換に先んじて対応するか、後まわしにするかという問題であり、選択の余地はない。

日本は1990年初頭に、共働き世帯数が片働き世帯数を上回った。しかしながら、日本は先進国で唯一、第二次大戦後に『専業主婦』化が進んだ国であり、ちょうど高度経済成長期に重なるという強烈な成功体験を持つ。このことが逆に足かせとなり、社会システムの転換への対応は20年以上、遅れてしまっている。

一方で、先行き不透明な社会では、多様な構成員を持つ組織の方が臨機応変な対応ができるため、優位に立つ。これに対して、構成員が金太郎飴のように同質な組織では、組織に依存して、個が埋没しやすく、結果的に硬直化した対応をとりやすい。ダイバーシティに対する国民の意識は1990年代に転換点があったのではないか、と筆者は考えている(注1)

昨今のイクメン、カジダン、介男子の増加も、社会システムの転換に伴う、当然の現象に過ぎない。一方で、カッコいいイメージは一つの動機づけになる。そこで、入口のハードルを下げる意味で、ポジティブイメージを持つためのロールモデルは重要だ。一時期、若手エース男性に働きかけて育休取得させる企業が多かったものの、各社とも介護・看護をしながら仕事と両立しているロールモデルはゼロに近い。喫緊の課題であろう。

一方で、会社および地域社会にとって、同一物を短期間で大量に接種すると、抗体ができて、アレルギー反応が生じることもある(注2)。したがって、ロールモデルはバランス良く、多品種・少量接種した方がいい。意外な人物の多面性にスポットを当てると、同じ嗜好を持つ人が関心を抱くきっかけとなる(注3)

注1:理由の一つとして、ここでは国民映画に反映された国民意識の変容を取り上げる。映画『男はつらいよ』(1969~1997年)と映画『釣りバカ日誌』(1988~2009年)は、いずれも主人公は異端児だ。

寅さんの職業はテキヤで、全国を放浪するなど、サラリーマンとは対極の生き方をしている。これに対して、浜ちゃんは中堅ゼネコンの営業部員だ。そして、執務机に釣り道具を多数飾っていたり、出張先でも釣りを優先する浜ちゃんだが、決してダメ社員ではない。

釣りを通じた多彩な人脈と魅力的な人柄で、大口取引をまとめたり、異端児ならではの異能ぶりを発揮して、会社の危機を救うこともある。

かつては、組織に馴染めずに、全国を放浪せざるをえなかった異端児が、最近では組織には必要不可欠な存在になっているという認識は徐々に広がっているのではないか。

注2:例えば、イクメンに対して、中高年男性「仕事が生半可な奴をつけあがらせるな」。中高年女性「優しすぎて、なよなよしたイメージ」あるいは同世代の女性「少しかじったぐらいで、偉そうな顔をするな」といった反撥の声があがることもある。

注3:例えば、企業のWLB関連サイト上で、部長の意外な一面(料理マニア、釣り名人、トライアスロン大会出場など)を紹介すると、アクセス数が急増することがある。

かつてある企業が私を紹介するページに、「サイドカーを自分で4人乗りに改造したり、東南アジア風の三輪タクシーに子どもたちを乗せて走るなど、乗り物好きの一面を持つ」と写真付きでアップし、私は「多面性のある生活が仕事にどのような好影響をもたらしているか」を話したところ、それまでWLB関連サイトへのアクセスがきわめて低かった中高年男性社員の社内アクセスが急増したことがあった。

また、拙著『イクメンで行こう』(2010年)にはいろいろなテーマを詰め込んでいるが、反応する箇所が世代で異なるのが興味深い。

大まかにいうと関心が強いのは、50代:介護、40代:タイムマネジメント、30代男性:家族(特に妻)との軋轢、30代女性:家族への愛情、20代:子ども会のボランティア活動(プロボノ)の部分が多い。

『敵対者』の受け止め方

ダイバーシティの利害関係者は、(1)当事者、(2)敵対者、(3)傍観者・部外者に分類できる。当時者支援にとどめず、敵対者、傍観者を巻き込むことが重要だ。

人によっては旧来型のシステムへの郷愁(いわゆる、三丁目の夕日シンドローム)を抱き、反撥する。

新たな社会システムへの反撥や不安は、むしろ歓迎すべきだ。なぜなら、対立点が明確になるからだ。そもそもダイバーシティとは、自分とは異なる相手との違いや対立点を明確にしたうえで、協働していくプロセスだ。一方で、「和をもって貴し」となす日本人は「共通項」を探して、連帯心を持とうとするので、対立点の把握は苦手な人が多い(注4)。敵対者がいることにより、対立点は明確になる。

筆者は、ダイバーシティで、最も大切なのは『己を知り(自立)、相手を知ろうと(受容)する姿勢』だと思う。対立点は、(1)なぜ、自分は相手や論点に反撥や不快感をおぼえるか、(2)なぜ、相手は自分や論点に、反発や不快感をもつのか、を掘り下げる良いきっかけとなる。

したがって、対立者には感謝すべきだ。むしろ、傍観者・部外者の方が目にとまりにくいため、注意を要する。次回、傍観者・部外者への対応を述べたい。

注4:特に、男性は帰属する組織同士の関係性で、個人の距離を縮めようとする(例:名刺を見て「いやぁ、東レさんにはお世話になったことがあります」)。逆に、女性は関心領域の話題で、個人の距離を縮めて、グループを組もうとする(例:「美味しいイタリアンのお店を見つけたのよ」)。

いずれも違いや対立点を明確にするのは、相手を拒絶する=ネガティブな行動、ととらえる。先の例だと、仮に私が「たまたま3年前に東レグループに転職しただけで、あまり知り合いはいません」とか「イタリアンよりも和食が好きです」と返事をしたら、空気を読めない奴と疎んじられるであろう。対立点を明確にすることは、多くの日本人にとって、最も苦手なことだと思う。

株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府『ワークライフバランス官民連絡会議』『子ども若者育成・子育て支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)』選考委員会委員、男女共同参画会議 専門委員、厚生労働省『イクメンプロジェクト』委員等の公職を歴任。