「共同参画」2011年 4・5月号

「共同参画」2011年 4・5月号

連載 その1

ダイバーシティ経営の理念と実際 総論
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜

4つの経営効果

これまで筆者は、ダイバーシティ(多様性、以下DIV)やワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和、WLB)に取り組む国内・海外の先進企業700社をヒアリングしてきた。

筆者は「誰でも、いつでも・どこでも働き甲斐のある、働きやすい職場づくり」を「誰でも」という軸で切るとDIVとなり、「いつでも・どこでも」という軸で切るとWLBになると考えている。

いまだに「自分の業界は女性に向いていない」、「職種的にDIVは難しい」と口にする企業経営者がいるが、筆者は「どんな業界にも、必ず女性が活躍している会社はあるのではないか」「どんな職種でもDIVの推進で成功している企業はあるのではないか」と仮説を立て、ほぼすべての企業規模・業種で、先進企業を見つけた。

WLBやDIVの推進は、中長期的に必ず企業業績の向上に結び付く。

筆者が保有している3000社データベースを基に、1990年代から2000年代前半における売上高の変化を見ると、DIVやWLB施策にあまり関心のない一般企業では、2割近く減少したのに対し、こうした取り組みに熱心な先進企業では、大手中小を問わず、3割近く増大している。

なぜ、こうした大きな経営効果があるのか。筆者が、かつて中小企業庁から委託を受けて実施した企業アンケート調査によると、大きく、(1)優秀な人材確保、(2)従業員の就労意欲の向上、(3)業務の効率化、(4)多様な視点をビジネスに活用、という四つの効果が挙げられる(図表1)。

図表1 ダイバーシティの経営効果
図表1 ダイバーシティの経営効果

(注)1.「仕事と育児の両立を支援する取組が、企業業績に与えるプラス面についてお聞きします。取組を行うことで、具体的にどのような影響が生じて、企業の業績を向上させると考えられますか。当てはまるものをすべて選択してください」という設問に対する回答。

   2.本設問は、一般的にはWLBに関する設問であると考えられる。一方で、拙稿の本文中でも書いているとおり、「個人が多面性をもっていること(内なるDIV)も重要だと筆者は考えている。そこで、仕事と育児の両立を支援する取組は個人が多面性を持つこと(内なるDIV)を支援する取組でもある」と考え、本グラフのタイトルは、『ダイバーシティの経営効果』とした。

(資料)富士通総研((筆者が前職時代に調査を担当)『中小企業の両立支援に関する企業調査』2006年)

ちなみに、図表1をみると、「優秀な人材確保」効果が最も大きくなっているが、こうした効果が現れるまで、タイムラグがあることを付記しておく。同効果であれば、およそ2~3年で体感できるだろう。また、「従業員の就労意欲の向上」は5~6年、「業務の効率化」に至っては、10年近く掛かるため、気づいている企業は少ないが、効果は最も大きい。

経営効果(1)優秀な人材確保

性別や国籍を問わず、多様な背景をもつ優秀な人材を引きつけ、育成することができる。

今後、わが国の労働力人口はわずか40年で、現在の3分の2の水準にまで減少してしまう見通しだ。したがって、企業にとって、優秀な人材確保はますます困難になっていく。これまでのように、「男性、日本人、健常者」といった属性にこだわっている限り、優秀な人材を獲得するのは難しくなる。

また、現在、働きたいと思っている女性の職場進出や、定年延長により働く高齢者は、ますます増えていくことだろう。仮に、多様な人材が活躍できる職場環境をつくることができないと、せっかく雇用した人材が、どんどん辞めてしまうことにもなりかねない。

経営効果(2)就労意欲の向上

社員全員の就労意欲が向上し、充実感をもって最大限の力を発揮できるようになる。DIV先進企業では社員の会社に対する満足度が非常に高いという特徴がある。

逆に、業務は増えているのに、時間外手当が減らされて、負担が増している「一般企業」の社員満足度は低下傾向にあり、特に不満を持っているのはエース社員だ。今後、景気が上向きになったときには、会社が辞めてほしくない人材ほど、どんどん他社に逃げてしまう事態になりかねない。

経営効果(3)業務の効率化

多様な人材は、型にとらわれない考え方をする。特に、時間的・場所的制約を抱えている社員は、「職場がこうなればもっと働きやすいのに」という業務効率化のヒントをたくさん持っている。

そうした声に耳を傾けると、組織・業務体制は大幅に効率化する余地がある。DIV先進企業は、そういう声に耳を傾けて、業務効率の高い職場を実現している。

経営効果(4)多様な視点

消費者や顧客に、より優れたサービスを提供し、さらなる競争優位性を獲得することができる。多様化する市場・顧客ニーズを、多角的に深く理解するには、企業内の人材の属性がそろっているよりも、多様な人材を確保する方がよい。

また、DIVは、女性、外国人、障害者といった属性の多様性で語られることが多い(外なるDIV)。これに対して、個人が多面性をもっていること(内なるDIV)も重要だと筆者は考えている。

かつて、世界を席巻したウォークマンは元々、商品として開発されたわけではなかった。音楽鑑賞が趣味だった当時の井深大名誉会長が、いつでもどこでも音楽を楽しめる機械を作れないかとアイデアを出し、「きっと若者に売れる」と考えた盛田昭夫会長が、役員らの反対を押し切って商品化したとされる。教養人としても知られた2人の、若者も含めた「ライフ」に対する深い理解が、「ワーク」に結びついた好例だろう。

翻って現在、iPodもiPadも海外企業の製品という事実は、とても悔しい。WLBをめぐり、ワークとライフの二者択一と誤解する人が多い。ライフはワークをしない時間と捉えるのは間違いだ。生活の中で、アンテナを高く張り巡らしていることが、より良い仕事に結びつくという関係がある。逆に、ワークだけをやっていると、視野狭窄となってしまい、将来のワークはじり貧になってしまうということもあるのではないか。

近年、ソニーもDIVに力を入れており、社内では、『ソニーらしさを取り戻す』という言葉が使われていると聞く。かつての日本企業の先輩たちがもっていた独創性を取り戻すためにも、DIVの推進は不可欠だと筆者も考える。

多様性を大切にする職場風土

震災後の企業の対応をみると、DIV先進企業では、従業員や職場が主体性をもって機敏に判断、行動している。逆にDIVの面で遅れをとっている企業では、組織の判断を待つといった受身の対応をとる従業員や職場が多く、危機対応の面でも遅れがちな傾向にある。

日本企業が持つ優位性の一つは、質がそろった労働力が集団で発揮する力だと言われてきた。しかし、モノカルチャーな風土は、平常時には強みを発揮するが、非常時にはきわめて脆弱である。

今後、日本企業がグローバル競争の中で、さまざまな危機を克服し、生き残っていくためには、「自分の中の多様性」をいかに大切にする職場風土を築けるか、特に、男性にその重要性を気づかせられるかどうかがポイントとなろう。

本連載では、具体的な事例をもとに、ダイバーシティ経営の理念と実際の取組みをご紹介したい。

株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。
複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府『ワークライフバランス官民連絡会議』『子ども若者育成・子育て支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)』委員、厚生労働省『イクメンプロジェクト』委員等の公職を歴任。