「共同参画」2009年 4月号

「共同参画」2009年 4月号

連載

地域戦略としてのワーク・ライフ・バランス 総論
渥美 由喜 株式会社富士通総研主任研究員

WLB推進による地域活性化

これまで、諸外国および日本各地の企業や自治体の取組を調査した結果、WLBは企業の経営戦略のみならず、自治体による地域戦略としても極めて有効だと筆者は確信している。人々の意識をみても、希望と現状のギャップが大きいのは「地域・個人生活」だ(図1)。WLBに取り組む地域は「働きやすく暮らしやすいため、子育て世代や準備世代を惹きつける→納税者が増え、自治体の税収も潤う」という正の連鎖が生まれる。

実際に、筆者が3年前に訪れた英国のバーミンガムでは官民連携してWLBに力を入れたところ、子育て世代が首都圏から移住してきている。それに伴い、労働者の確保を狙う優良企業も多数移転してきており、地域経済も活性化している。同様の例は、ドイツやフランスにもある。今後わが国でもWLB推進による成功事例は増えていくであろう。ただし、都市と地方ではモデルが異なるため、きめ細やかな施策展開が重要だ。

現状では、担当者が熱心な自治体では国の施策よりも先行している一方で、消極的な自治体も少なくない。内閣府が1982年から2002年における出生率や女性有業率をもとに各都道府県の「子育てのしやすさ」、「女性の働きやすさ」を比較した調査がある。それを見ると、都道府県は大きく二極化している。WLBに関する諸指標をみても、自治体によってばらつきは大きい(図表2、3)。

興味深いのは、最近の変化だ。すなわち、産みやすく育てやすい環境・働きやすい環境は依然として自治体によって濃淡があるものの、大幅に入れ替わる兆しがある。2007年上半期の出生増加率(対前年比)の上位県をみると、トップ5県のうち4県(福岡、茨城、東京、広島)はかつて「産みにくく、働きにくい自治体」だった。

これまで、筆者がこなしてきた自治体ヒアリングで、担当者が知恵と情熱を傾けていると感じる都道府県では数年後に出生回復しているケースが多い。

一方で、最近の経済環境の急速な悪化により、WLBは後回しで、緊急雇用対策に追われているところが少なくない。しかし、中長期的な視点に立つと、「住民が流出してしまう地域」となるか、逆に「住民が集まる地域」となるか、大きな分岐点に立っている。WLBへの取組の成否によって、地域は大きく明暗を分けることになるだろう。

「ネットワーク」がキーワード

今後のキーワードは「ネットワーク」、すなわち行政・企業・従業員・NPOなどをどのように有機的に結びつけるか、が重要だ。すでに先進自治体では、こうした取組が始まっている。

兵庫県では、県、連合、経営者協会、労働局といった四組織のトップによる会議を開催し、共同宣言の採択、署名を行なっている(2008年10月)。この他、県が仲介役となり、複数のNPOが協力して、中小企業のWLBを推進している。

滋賀県では行労使をはじめ、NPOなど16主体が、共同アピールを行なっている(2008年11月)。同県は、環境先進自治体でもあるが、中長期的な視点に立った施策という点で、WLBと環境問題は類似している。「自然は、未来の大人である子どもからの借りもの」というネイティブアメリカンの諺になぞらえると、「暮らしやすい地域作り・働きやすい職場作りは、未来の住民・労働者である子どもたちへの贈り物」と言うことができるだろう。

三重県では、行政は仲介役となり、WEBサイト「みえ次世代育成応援ネットワーク」の参加企業やNPO団体等を結びつけている。例えば、企業が従業員向けの子育てセミナーを開催したいという要望を登録すると、行政がNPOを紹介する。行政が持っている「情報」と「信用」という強みを活かした施策と言えよう。

男性の「ライフ」ネットワーク作りが重要

以上は「マクロ」でみたネットワークの意義だが、「ミクロ」でみた意義も大きい。現状では、女性は「ワーク」のネットワークが弱い一方で、男性は「ライフ」のネットワークが弱い。したがって、個人レベルでWLBを推進するためには、女性のワーク、男性のライフそれぞれのネットワークを強化していく必要がある。

女性の「ワーク」ネットワークとして、大企業で活躍しているキャリア女性にはNPO法人J-Winなどがある。今後は、地方の中小企業の女性向けのネットワークの強化が重要だ。例えば、2008年1月に福井県が事務局となり、地元企業で働く女性20名による「ふくい女性ネット」が参考になるだろう。社内ではロールモデルが見当たらないと悩む女性も少なくないが、同ネットでは社外の先輩女性がメンター役を果たしていると聞く。

一方、男性の「ライフ」ネットワークとして、全国規模ではNPO法人ファザーリングジャパンなどのネットワークがある。今後は「地域単位でのネットワーク作り」が重要だ。すでに、「働くパパ・ママのための両立応援セミナー」を実施している先進自治体も多い。例えば、神奈川県では、対象者は現在働いている人、これから働きたいと考えているパパ・ママだが、パパはほぼ全員妻に連れてこられたと語っていた。午前中は、パパ・ママ別々に講演を聞き、グループごとに話し合う。午後は「家事・育児は手伝うのではなく、自主的にやることが大切と気付いた」といった感想を分かち合う。興味深かったのは、ママたちはすぐに打ち解けて話が弾む一方で、パパたちは名刺交換をして相手が何者かを確認しないと落ち着かない様子だった。

男性よりも女性の方がコミュニケーション力に長けているからか、女性は「場」を設定すれば、スムーズにネットワークを作る。これに対して、男性の「ライフ」のネットワーク作りには手がかかる。座学形式の講演会では単なる「お客様」で終わりやすい。これに対して、参加形式のプログラム、イベントでは、皆で一緒になって楽しむことができる。「男性の遊び心をくすぐる」などの仕掛けも重要だ。

例えば、埼玉県では、NPO法人ハンズオンへの委託事業として「やきいも、ダンボール・ハウス作り、落ち葉のプールで寝転がる」といった父親と子どもが楽しめるようなプログラムを提供し、好評を博している。ポイントは、運営主体が参加者を手取り足とりで指導しない点だ。あえて最小限のサポートに留めることで、参加者は主体的に取り組まざるをえなくなり、地域における人の輪が広がっていくという高等戦術がとられている。

このように、日本各地でWLBをめぐるユニークな取組は沢山ある。本連載では、WLBに取り組んでいる先進地域の具体的な事例にスポットを当てていきたい。

各論:自治体の取組事例

  福岡県、福岡市、北九州市  

福岡は、WLBや子育て支援の分野で、最も先進的な地域の一つだ。例えば最近、独自の表彰制度を設ける自治体は多いが、北九州市のWLB表彰は、一味違う。企業のみならず、個人の取組を表彰しているのだ。例えば、昨年度表彰されたのは、子ども4人を育てながら働く女性だ。彼女は、定時に帰宅すべく、異動のたびに職場でさまざまな業務の進め方の工夫を重ねてきた。業務負担が軽減された恩恵は、当人のみならず周囲にも波及し、感謝されたという。

認定制度には、地域特性に応じた対応が可能という長所がある一方で、これまでやってこなかった企業にとってはハードルが高いという短所もある。もっとハードルを下げて「これから取り組む。」という積極的な意向を持っている企業をどんどん拾い上げていくことも重要だ。

そこで、いくつかの自治体では、「子育て応援宣言」企業の登録制度を設けている。子育て応援宣言には、企業が自由に自主的にアピールできるという利点がある。福岡県の登録企業数は、2009年3月末時点で2100社にのぼる。この数は埼玉県と並び、全国でも突出して多い。

また、福岡市では毎月のキャンペーン期間“「い~な(1~7)」ふくおか・子ども週間 ”を設けており、賛同企業数は600を超えた。WLBによる地域活性化のイメージ図もわかりやすい(図4)。

さらに、賛同企業の増やし方にも工夫がある。まず、既にWLBに取り組んでいる企業に「ぜひ賛同してください」と働きかける。そして企業が賛同すると、同業他社に行って「貴社のライバル企業は賛同していますが、賛同していただけませんか」と話す。企業の“横並び意識”を逆手に取る高等戦術だ。

企業の知名度向上という面でも工夫されている。福岡県の予算で、地域の広報誌に子育て応援宣言企業の名前を列挙した広告や宣言企業の経営者たちの座談会を掲載した記事を載せている。また、福岡市のウェブサイトでは、地元企業のWLBの取組を紹介した地元テレビの番組を公開している。従業員がそれを見て制度を利用しやすくなったり、「御社はいいことをやっているね」と周囲に認められる。地域におけるCSR(社会的責任)の効果がある。

今回は、紙面の関係もあり、総論でも各論でも取り上げることができなかった先進自治体はまだ沢山ある。それらについては、次回以降、取り上げていきたい。

図表1 「働きやすさ」、「子育てのしやすさ」の地域差
図4 WLBは地域全体に波及していく

特定非営利活動法人ジェン(JEN)理事・事務局長 木山 啓子
株式会社富士通総研主任研究員
渥美 由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。富士総合研究所入社。2003年 富士通総研入社。内閣府・少子化社会対策推進会議委員、ワーク・ライフ・バランス官民連絡会議委員、「子どもと家族を応援する日本」重点戦略検討会議点検・評価分科会委員を歴任。