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昭和18年生まれ。 松下電器本社に10年間勤務。職場結婚、出産を経て、28歳で専業主婦に。 49歳のとき長女が病死。翌年、50歳で市議会議員に出馬、2期8年間議員を務める。 3期目の落選を機に、平成13年末、借りていた駅前事務所を「カフェレストランはなみずき」として再オープンさせ、地域の人たちの集う、尼崎の文化発信基地になることをめざす。 |
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娘さんへの思いを素敵な街を創ることで 実現させることが元気の源
腎臓病で娘さんをなくされた北さんは、娘さんへの強い思いから、娘さんと同世代の人達やその後の世代の人達に素敵な、優れた街を残したいという活動を始めました。まず、尼崎南部のウォーターフロント構想の提案に応募して優秀賞を獲得。活動を通して、街を変えるには議会に入って、意見を言う必要を痛感しました。その後、不正出張出直し選挙の折、友人達の強い勧めで市議会議員選挙に出馬し、48人中6位で当選。その時の公約は「緑豊かな福祉・文化の街あまがさきを創る」でした。しかしながら、議会での積極的な発言にもかかわらず、思いと現実のギャップの限界も感じるようになりました。議員生活2期8年を経て、平成13年の12月に、公共施設には喫茶部門が必要と感じ、小田公民館に隣接するカフェサロン「はなみずき」をオープンしました。「はなみずき」は尼崎市の市の木です。『水』は『花』にも『木』にも大切であるという意味と、市の木のイメージを重ねて名づけました。店はお母様と経営されています。午前9時から午後5時までが通常の営業時間ですが、午後5時以降は地域のコミュニティ広場として開放し、様々な勉強会・講演会・親睦会・貸しギャラリー・歌声喫茶等に使われています。これらは、北さんが「あまがさきのイメージUP」を図るためのお手伝いをしたいという思いから実現したものです。
何事にも積極的にチャレンジすることこそ、 明るい未来を創ることができる
北さんは、カフェサロン「はなみずき」を拠点にして店の経営に携わりながら、様々な地域活動の企画・提案をしています。「市の花木でイメージUP」、「樹木葬を視野の“葬送文化を考える”」等、「緑豊かな福祉文化都市あまがさきの街づくり」を視野に入れた事業提案により助成金を獲得し、そのことにより活動の継続が可能になっています。その他、具体的な活動として、はなみずき地ビール・契沖うどん・はなみずき物語弁当等の提案販売を行っています。数年前に地域の将来像を描くため兵庫県が設置した「地域ビジョン委員」になって考えたのが「都会と田舎をつなぎ、交流を図ることで街を活性化する」ということでした。具体的には、尼崎市と丹波市青垣町との交流のことです。JR福知山線を利用して互いに交流を図る、いわゆるグリーンツーリズム・エコーツーリズムの実践です。例えば、丹波の近松事業「おさん茂兵衛」イベントや人形浄瑠璃の公演など。このようにJR福知山線を活用した丹波地方への観光資源案内と丹波?尼崎の交流で、都市と農村の活性化を図りつつ、共存共栄の事業活動を続けることが、「あまがさきの街づくり」になると考えています。また、尼崎の観光資源案内を通して、新たな資源が発掘され、街そのものに変革が生じるのではないかということも期待できます。何事にも積極的にチャレンジすることこそ明るい未来をつくる原動力になるのではないでしょうか。
コミュニティビジネスへの夢が 街の活性化につながる
北さんは今、丹波市青垣町との交流を通して、観光物産の企画販売を考えています。例えば、はなみずきビールの姉妹品として「おさん茂兵衛地ビール」の企画とか「はなみずき物語うどん」とか「はなみずき物語弁当」の販売や様々なメイドインあまがさき(尼崎特産品)の販売等です。現在進行中のJR尼崎駅前の「あまがさき緑遊新都心整備」のまちづくりの一役を担うものとして、いわゆるコミュニティビジネスとしての取組みです。その夢は、都心の一角に設けられる公園に茶屋風のたたずまいの観光物産店をオープンし、あまがさきの物産(メイドインあまがさき)をはじめ、青垣町から仕入れた原材料を使った物産の販売並びに飲食店を経営し、尼崎を訪れる様々な人々に提供しようというものです。もちろん、住民の皆様方にも、喜んでいただける店にしたいと考えています。この夢の実現に向けて精一杯がんばっているのが現況で、色々な方々とのネットワークを活用して一日でも早く実現させたいと願っています。 娘さんへの強い思いから始めた「街づくり活動」も新たな段階を迎えています。活動の継続の為にも「コミュニティビジネス」への挑戦は必然的なものなのかもしれません。コミュニティサロン「はなみずき」が、コミュニティビジネス交流サロンサテライトとして活用されることが、夢実現の大きな力になるであろうということは、明白な事実として捉えることができるでしょう。
(2005年12月取材)
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